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11.村の外に出てみよう(2)

 ため息とともにアーサーが語ることには。


「閣下が領主に着任されてほどないころ、その集落を訪ねたことがあるんです。一応、名目上は開拓をするにあたっての挨拶……なのですが」


 なのですが。

 はいったん横に置いておいて、挨拶をすること自体は、そうおかしな話とは思わない。


 領内に拠点を構える集落があるとなると、どうやっても接触は避けられないからだ。

 村の外で鉢合わせることもあるだろう。狩りで遠出をした際に、集落に迷い込むこともあるだろう。そんなとき、事前に互いがいるとわかっていたほうが、変な問題は起きにくい。

 要は、相互不可侵条約だ。こっちは敵対する意思はない。そちらも敵対しないでくれという暗黙の了承を、挨拶によって取り付けるのである。


 そしてこちらから訪ねるのも、新参者の礼儀である。

 ノートリオ領は我がセントルム王国の領土とはいえ、先住しているのはあちらの方。国に属さない彼らにとっては、こちらが領有権を主張しようが知ったことはない。

 不法入居はこちらの理屈。法律が効果を持つのは国民に対してのみであり、彼らの理屈からすれば、そもそも私たちの方がよそ者なのだ。


 ならばこちらは謙虚な態度で接するべき。先住者に敬意と礼節を。

 その内心はどうであれ、だ。


 なにせ彼らには、この土地に関して一日の長がある。

 土地を知り、土地に住む生き物を知り、その特性を知り、この厳しい環境の中で生き抜いてきた実績がある。それは敬うべきであり、決して蔑ろにしてはならないのだから――。


 というのをもっとありていに言うと、現状、争いになれば私たちに勝ち目がないということだ。

 開拓が進めば、いずれ彼らとは敵対する可能性もあるだろう。だけど少なくとも今の時点では、彼らを敵に回して得られるものは一つもない。

 こちらが土地に慣れ、力を得るまでは、できれば協力関係を結ぶのが良い。それができなくとも、せめて敵対だけはしてはならない。

 最低でも、維持するべきは中立・無関心の関係。下手に接触して目を付けられるくらいなら、いっそ挨拶もせず互いに無視を続けていた方がマシである。


 さてこのあたりで、横に置いておいた『なのですが』が戻ってくる。


「僕も同行させていただいたのですが、実態は服従の勧告でしたね……。土地の使用料として収獲物の提供と、恭順の証として労働力の提供。正当性はこちらにあり、従うのが当然と思われていたようで……」

「ああ……」


 ああ、うーん、なるほど……。

 前領主との面識はないのに、なぜかありありと想像がつく。

 それはもう、偉そうだったことだろう。それはもう、高圧的で手のつけようもない態度だったことだろう。想像がつくけど想像したくない。私、そんな相手と結婚させられるところだったのか……。


「しかも悪いことに、このときの通訳をしていた方が少々過激な――いえ、使命感に燃えていた神学者の方だったんです」


 しかも神学者ときた。

 いや、神学者自体は悪くない。彼らはまじめな神学の追求者。神とはいかに、人とはいかに、教えとはいかにということを探求する人々だ。


 ただ、まあ、中には厄介な人間もいるもので。

 特に貴族に気に入られるような神学者は、一般的な神学の徒とは少々趣が違う。深い信仰を抱き、教典を読み解き、神の教えを実践する者、という点では間違いはないのだけれど……。


 ……強いて言うなら、彼らは現代社会の肯定者。

 王は神が選んだ存在であり、貴族もまた人々を導くべしと定められたもの。これに従うのは神の思し召しであり、世の摂理である。

 王の作り出した国は神の望んだ国であり、文明であり、文化である。それを持たぬものは不幸である。


 すなわち、文明を持たぬ野蛮人とは哀れにして、救済すべき存在。我々で啓蒙し、導いてやらねばならぬ。

 そのためには文明人たる我々が支配下に置くのは当然の義務。これは善行であり、施しであり、神の導きなのだ――――。


 ……である。


「集落の若者を怒らせて、危うく戦闘になるところでした。そのときは、あちらの族長が場を収めてくれたのですが……以降、交流は完全に断たれています。こちらにその余裕がなくなった、というのもありますけどね」


 それは言い換えると、関係改善の機会もなかったというわけだ。

 前領主、よくも国にあんな報告を出せたものだな? ここまで小物仕草が揃っていると、逆に大物のような気がしてくる。


 もちろん、これは貶し言葉だ。

 おかげで今回も、状況は最悪。相手の好感度がマイナスの状況から交渉させられるということだ。

 ただでさえ、差し出せるもののない交渉だというのに、いったいこれでどうしろという話である。


「……いかがしますか、殿下?」


 アーサーの問いに、私は「ふむ」と腕を組む。

 腕を組みつつも、だけど答えは最初から決まっていた。


 現状、他に打つ手は思い浮かばない。

 そして今の私たちには、失うものもなにもないのだ。


 ここまで不利が極まれば、かえって心も決まるというもの。

 どうせ痛む腹もなし。元から嫌われているのなら、これ以上下がる好感度もなし。


 それならいっちょ、好き勝手やってみよっかな!


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