表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/253

17.【シナリオクリア】大草原の小さな領主(Lv.1)

 気が付けば、いつの間にか夜が明けていた。


 私は冷たい川岸に寝ころび、しばし呆けたように空を見る。

 雲は薄く、青く澄んだ朝の空。空気は冷たく冴えていて、清々しいより痛々しい。

 重たい頭を少し動かせば、遠くに聖山の白い影が見える。

 ノートリオ領南部、川岸。橋からだいぶ流された冷ややかな砂利の岸辺で、私は仰向けに倒れていた。


「あー……ひどい目に遭った…………」


 隣で同じく倒れていたスレンが、同じように空を見上げて呟いた。

 私はどうせ見えないと思いつつ、まったくだと頷いて同意する。


 いやまったく、本当にひどい目に遭った。

 真冬の凍るような川に落ち、氷を避けながら死ぬ気で――主にスレンが必死に泳ぎ、今は冷たい河岸の上。全身はずぶ濡れ。体はそれこそ凍るように冷たく、生きているのがまるで奇跡のようだ。


 それでもまあ、生きてはいる。

 橋での立ち位置や川の流れ、スレンの身体能力に期待した危うい賭けも、勝ってしまえばこっちのもの。

 私は大きく息を吐くと、未だ立ち上がる気力もないまま、ちらりと隣に倒れるスレンを見た。


「ねえ、スレン」


 呼びかければ、彼もまたちらりと私に視線を返す。

 見た目だけなら端整な青年。他の大人より頭一つ高い背丈に、引き締まった立派な体。

 それでいてちぐはぐな――そう、たぶん『あどけなさ』のある彼に向け、私はずっと抱いていた疑問を口にした。


「あなた、本当は何歳なの?」

「………………」


 スレンは一度、ぐっと口をつぐんだ。

 そのまま逃げるように視線を逸らし、気難しげに眉間に皴を寄せ、目いっぱいに渋い顔をしたあとで――――。


 渋々。

 本当に、渋々と言うようにこう言った。


「………………今年で、九歳」


 九歳。

 きゅうさい。


 …………………………。


 きゅ、九歳~~~~~~~~~~~~~~!!!!????


「子供じゃん!」


 疲れも吹き飛ぶ衝撃の事実に、私は声を荒らげた。

 いやだって、本当に子供じゃん! しかも『今年で』九歳ということは、実際には八歳じゃん!

 魔物の幼体は大きくなるのが早いとは言うけれど、それにしたって早すぎる。どうりで精神年齢低いと思った!

 っていうか、トビーと同い年!? この見た目で!? なんという詐欺!!!!


「うわー、うわー! どうりで、族長もドルジェもやたら過保護だと思った! ひよっこって、雛って、そのまんまの意味だったのね!!」

「うるさいうるさい! だったらお前はいくつなんだよ!!」


 スレンが顔を赤くして、騒ぐ私を怒鳴りつける。

 その羞恥心に染まった顔を横目で見やり、私は横たわったまま『むん』と胸を張ってみせた。


「七歳だけど」

「お前の方が年下だろーが!!!!」


 私も今年で八歳だから、一歳しか違わんわい!

 わっはははははははは!!






 ははは――――と、そうやって白い息を吐きながら笑っていたときだ。

 聞こえたのはいくつかの足音。近づいてくるざわめきの声。なにかを探すような会話と、誰かへの呼び声。


 それから――――。


「――――ああ」


 重たげな視線をざわめきに向け、スレンが渋い顔をかすかに緩める。

 足音から少し遅れて現れたのは、雪を踏み分けやってきた数人の村人だ。

 彼らは遠目から私たちに気が付くと、大きく目を見開き、すぐに大きな歓声を上げた。


「おおーい! いた! いたぞ―――――! 二人とも無事だ!!」


 その声を聞きつけて、さらに足音が集まってくる。

 駆けつける足音は、呼び声とともに私の耳に届く。

 男の声、女の声、子供の声、村人の声、先住民たちの声。聞こえるのは、どれも聞き覚えのある声だ。


「――――領主さん!」

「領主様!」

「領主!」


 それに――――。


「殿下ぁ!!!!!」


 聞き馴染みのある、泣き出しそうな必死の声。

 岸辺に仰向けになっていたスレンが、近づいてくる声たちを聞いて億劫そうに身を起こした。


 岸辺に仰向けになっていたスレンが体を起こし、私の肩をぽんと叩く。


「――――帰るか、アレク」


 空は青く、風は冷たい。

 北からの風はなにもなくとも瘴気を孕み、触れる肌を痺れさせる。


 仰向けのまま視線を向ければ、遠く北に、うっすらとした聖山が見える。

 高い山の麓に位置するこの場所は、一年の半分が雪に覆われた寒冷地。

 瘴気満ち、実り少なく、魔物蔓延る不毛の地だ。


 それでも――――。


「みんな待っている。行ってやれよ、()()()


 冬は明ける。

 春は来る。


 朝の陽光に照らされた雪の下には、新しく芽吹く緑が見える。


 私は凍り付いたような体を起こすと、川を背にして、雪と緑の混じる早春の草原に向き直った。


 目に映るのは、草原で大きく手を振る村人たち。安堵したような護衛たち。スレンに呼びかける先住民。転がるように駆けてくる、ヘレナの姿。この小さな体には、手に余るほどの光景。

 照り返す陽光の眩しさに、私は知らず目を細めた。


 ――――帰る、か。


 頭の中で、聞いた言葉を噛み締める。

 生まれてからずっと私が生きてきたのは、王都の荘厳な城の中。ノートリオに滞在したのは、まだ一年にも満たない期間。

 だけど不思議と、私はスレンの言葉に頷いていた。


「………………そうね」


 帰ろう。

 この冷たい、不毛で、過酷な地へ。


 私はこの大草原の、領主なのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
殿下ったら里心を得るのに251話も…おいたわしや…。 手に汗握る展開、大変面白かったです。 さてさて、2部は破竹の備蓄パートでしょうか? みんなお腹いっぱいでニコニコできるといいなぁ。追い込まれた前領…
さすがのアレクシスも、スレン・9歳は予想外? どこまでも冷静に、あらゆる可能性を考え、その中から選び抜くアレクシスの慎重さと、突き抜けた度胸が格好いい。 レベル1でじゅうぶんハードだったけど、本人た…
九歳の頃って言うと道に落ちている犬の糞の周りをチョークでどれだけ近くまで描けるか遊んでた気がする
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ