13.護衛たち
護衛カイルのあとから、続けざまに飛び込んできたのは見慣れた三つの人影だった。
腰に差した剣の鞘。王国支給の軽鎧。手には抜き身の剣を持ち、彼らは私を守るように、兵たちの包囲に割り込んでくる。
「うわうわうわ、これはひどい! なにやってんすか!!」
「どうりで大騒ぎになっていると思いましたよ。まあ、殿下のことだし順調に行くとはもとより思っていませんが」
「『順調』とは無縁ですからなあ、殿下は……」
「うーん……仕える相手間違えたかな…………」
おうなんだこの無礼者ども。
…………ではなく。
「ま、俺たちにも見せ場があるようでなによりです。門を見張るだけじゃ地味でしたし、対人戦は本職ですからね! 元騎士の腕の見せ所ですよ!」
カイルは上機嫌に言いながら、正面の兵を剣の腹で叩き伏せた。
大口をたたくだけあって、失礼ながら意外にも強い。手加減をする余裕もあるらしく、死なせないよう上手くいなす彼らに、私はしばし呆気に取られていた。
なにせカイルとともに現れたのは、全員私の護衛たちだ。
もともとは王宮に仕え、人々に憧れられていた騎士たちだ。
だというのに左遷され、嫌われ者の私の護衛なんぞにさせられて、辺境の開拓地まで飛ばされた。
望んで私の配下になったわけではない。私に忠誠を誓ったわけでもない。本当ならば、ノートリオ領に来た時点で前領主の指揮下に入っていたはずの人間たちなのだ。
なのに今、彼らはここにいる。
先住民たちとともに、逃げる私を守るようにして。
「…………なんでいるの」
ぽつりとつぶやいたのは、もう何度目かの問いだった。
カイルが私に振り返らないまま、兵を蹴り飛ばしつつ答える。
「殿下たちがいつまでも来ないからですよ! そしたら案の定、騒ぎになっているし!」
いや、そうなんだけどそうじゃなくて。
「別に、私を助ける理由はないでしょう? あなたたちにとっては、マーカスたちは敵でないのだから」
護衛である彼らの職務は、私の身を守ることだ。
前領主は私を利用する気ではあるけれど、決して命を奪おうとはしていない。護衛の立場としてはこんな強硬手段など取らず、むしろ前領主の指揮下に下った方が良かったはずだ。
その方が本来の立ち位置であるのだし、自分の立場を悪くもしない。せいぜい、村人の行く末に心を揉むくらいなものだろう。
だけど、こうなっては話が違う。
今の私は、隣領の兵からしたら『蛮族に誘拐されている』身の上だ。それに協力するということは、明らかな反逆行為と受け取られる。
私自身が脱走を望んでいたと言っても、七歳の意見がどれほど通るかわからない。
少なくとも前領主は、絶対に聞き入れないだろう。
「なのに――なんで、私を助けようとするの」
「なんで助けるのか、って言われましても……」
正面の兵たちを昏倒させ、再び走り出しながら、カイルは首を傾げるように言う。
もはや兵たちには完全に追いつかれ、力技の正面突破。前後左右から襲い来る兵を、護衛たちが迎え撃つ。
背後から振り下ろされた剣を受け止めて、護衛の一人が肩を竦めた。
「ヘレナさんに言われたんですよ。殿下が捕まっていて、大人しくしているわけがないって。それはたしかに、そうだなあと」
左からの襲撃をなぎ倒しつつ、別の護衛が大柄な体を委縮させる。
「村の方々を見捨てるというのも、私としてはどうも落ち着かず……」
反対側からの不意打ちを躱して、もう一人の護衛が不本意そうに首を振る。
「もし殿下を助けないとして、次は閣下の指揮下に入るとなると考えますとね……」
暗闇に浮かぶ関所の門は、もうすぐそこ。
門は夜間なのに開け放たれ、外には暗闇が続く。
その開け放たれた門の前に、待ち構えている兵たちがいる。
カイルは速度を落とすことなく、突破のために剣を握り直した。
「ま、俺はもとから殿下の救出には賛成だったんですけどね」
その横顔は、こんな状況であるにもかかわらず――――。
「結局、満場一致でしたよ。そりゃまあ、殿下と閣下、どちらに仕えたいかって聞かれたらねえ」
どこか楽しげで、なぜか妙に自慢げだった。
門を出て少し行った先に、数頭の馬が繋いであった。
護衛たちが慣れたように馬に飛び乗り、先住民たちはそれ以上に手慣れた様子で馬を駆る。
荷物のようにスレンに抱えられていた私もまた、やはり荷物のように馬の上に担ぎ上げられて、相変わらず状況を把握できないままに、慌ただしく暗闇へと駆けだすことになったのだった。
背後からは、しばし遅れて追手の声。
馬の用意に手間取ったのか、おかげで少し距離が取れたらしい。猛追する馬の足音と罵声がいくつも聞こえてくるが、護衛たちは止まらない。月明かりの下を、迷うことなく突き進む。
雪に埋もれた茂みの間を抜け、低木の横を走り抜け、向かう先は、領境の川への最短ルート――――ではない。
やけに大回りをする彼らに、私は思わず声を張り上げた。
「どこに向かう気!? 川を渡るんじゃないの!?」
「渡りますよ! でも、まっすぐには渡れません!!」
私の疑問に、近くを走っていたカイルが答える。
しかし、答えられてもさっぱりわからない。どういうこと?
「川の氷が、もう馬の重さに耐えられないんです! この勢いで川を走れば、渡る前に氷が割れますよ!」
「はあ!?」
えっじゃあこの馬はなに? どうやって川を渡ってきたの???
「馬は関所から拝借しました! ついでに他の馬も厩から放しておいたんですが、あんまり遠くまで逃げてくれなかったみたいですね!」
あっ、なーるほど。どうりで追手が手間取っていたわけだ。
よくよく見れば、たしかにスレンの乗る馬も、先住民たちの馬とは種類が違う。馬具もセントルム王国で見かけるもので、支給品らしくなにやら隣領兵団の紋章らしきものが刻まれている。
そして、川はもう馬では渡れないという。
たしかに、暦の上ではすでに四月。まだまだ寒いとはいえ、ここ最近はずいぶんと日の差す時間が伸びてきた。
日中は比較的暖かく、分厚く積もった雪やつららも溶けはじめている。一方で、夜間はまだまだ冷たくて、再び凍りつくといった塩梅だ。
凍結と融解を繰り返せば、川の氷も脆くなる。七日前には渡れた川が今は渡れなくなっていても、そう不思議なことではないだろう。
と、いうことは――――。
「馬は川の前で乗り捨てるってこと!? 徒歩で川を渡る気!?」
なんというか、それは――ちょっと無謀すぎるのではないだろうか。
領境の川は、狭いところでも川幅百メートルをゆうに超す大河だ。
広いところでは、川幅はその倍以上。だからこそ橋を落とされてしまえばなす術がなく、強引に泳いで渡るという選択肢も取れなかった。
今は凍っていて川を渡れるとは言っても、今度は百メートル超の氷の上を歩くことになる。当然のように普通の地面のようには歩けないし、手間取ることは間違いない。
そうなると、背後の兵たちが追い付いてくるだろう。
彼らに馬で乗りこまれてはたまらない。
あるいは馬を乗り捨てて、徒歩で川に足を踏み入れてくれたとしても、あれだけの大人数だ。
まず間違いなく氷が割れて、私たちごと川の中へと落ちるだろう。
あるいはそうでなくとも、遮るもののなにもない川の上だ。
おまけに足元は凍り付き、普段通りには動けない状況。
もしもあちらが弓の一つでも持って来ようものなら、それだけでひとたまりもない。
私たちは避けることもできずに狙い撃ちにされ、そのまま全滅待ったなしである。
「――――いいえ」
思わず頬を引きつらせる私に、並走していたカイルは首を横に振った。
それから顔を上げ、先導する護衛たちの向かう先に視線を向ける。
すでに、川への最短距離からは大きく道を逸れている。
まっすぐに北へ向かえば、ノートリオ領を臨む川岸。彼らはそこからやや東に逸れ、雪をかぶった茂みの間を突き進む。
――茂みの……間?
そこで、私ははっとした。
このあたりは関所の外。ノートリオ領へと続く、ほぼ誰も通らないと言っていい場所だ。
広がる野原は手つかずで、草も木も生え放題。ノートリオ領に近いため木々は少ないけれど、足を絡め取るような茂みであればいくらも生えている。
だけど、今まで私たちは茂みに引っかからなかった。
足元は雪で固められてこそいるけれど、他と違って凹凸がほとんどない。
転がる岩。えぐれた地面。横切る小川のようなものも一切ない。
それらを避けるように、平坦な雪道は伸びている。
――――道。
そうだ。ここは道なのだ。
そして、ノートリオ領にしか続かないこの関所において、道と言えば一つしかない。
カイルの視線の先。駆け抜ける道の先に見えてくるのは――――。
「乗り捨てません、このまま行きます!」
前領主によって落とされたはずの、橋の影だった。
「橋は架かっています! 今晩だけ――――」
月明かりに照らされる橋は不格好だ。
欄干はない。アーチもない。残された橋桁に材木を渡しただけの、妙に平坦な橋。
丸太は凍り付き、長いつららが下がっている。橋の上は月光を反射して、冷たい氷の色に光る。
その橋の先には、人影が見えた。
かがり火を焚いて、忙しなく蠢く影。なにをしているかまでは見えないけれど――ここまでくると、想像ができた。
川の氷を割り、水を汲み、運んで橋にかける。
日中は暖かくなっても、夜はまだ冷たい。川の水が再凍結するようなこの気候なら――作れるはずだ。
薄くなった川の氷よりも、ずっと頑丈な一夜の橋。馬でも駆け抜けられるほどの――。
――――氷橋!!
「村の人たち総出で、氷の橋を作ったんです! 今日、このために!」
思わず私は身を乗り出す。
目を見開く私の横を駆けながら、カイルが叫んだ。
「誘拐された殿下をお助けするために、ヘレナさんが説得してくれたんです!!」
カイルたちは対人に強いユニット。
スレンたちは狩猟に強いユニット。
という感じ……。




