11.友達
友達。
ともだち。
………………ともだち?
スレンの言葉を反芻すること、たっぷり十数秒。
私は真顔の彼を見上げて、ピンとこないままつぶやいた。
「……………………そんなこと、はじめて言われたわ」
「お前、友達いたことさなそうだもんな」
おうなんだこの無礼者。
真顔でそういうこと言うのやめようよ。
――いえ、まあ、確かにその通りではあるのだけど……。
そもそもの話、前世の記憶を持つ私がまともに友人を作るというところに無理がある。
同年代とは話が合わず、年長者からは侮られるか不気味がられる。このちぐはぐな見た目と中身では、もとより誰かと対等な関係を築くこと自体が難しいのだ。
そうでなくとも、三年前までの私は誰からも見向きもされない存在だった。
傍にいたのはヘレナだけ。話が合わないどころか、話しかけようという人間すらろくにいない。
それが一転、私の手にブローチが渡った途端、数多の人間が寄ってきた。
友人のような顔で近づく人間も少なくはなかったけれど、今さら現れた人間と仲良くなれるほど私は素直な性格ではない。
結局私にとって、王宮で気の置けない相手はヘレナの他にいなかった。
ではヘレナが友人かというと、それも少し疑問が残る。
あくまで私と彼女は主従関係。彼女は常に一歩引き、私の横に立つことはない。
どれほど信頼をしていても、これはやっぱり友情とは別のものだ。
あと思い浮かぶのは、せいぜい族長が手紙で私を『友』と呼んだこと。
だけどあれも、『友達』というには形式的すぎるだろう。
族長が友誼を感じてくれたことは真実だろうけれど、これは個人間の感情とはまた違う。組織や立場としての『友好』だ。
つまりは結局、『アレクシス』としての友達に心当たりがない。
こんな風に私を友達として扱ったのは、スレンがはじめてなわけで――。
「…………友達を助けて、なにがおかしいんだよ」
スレンは唇を曲げると、どこかぶっきらぼうにそう言った。
視線はそっぽを向いていて、目の前の私を正面から見ようとしない。差し出した手は引っ込めるに引っ込められず、持て余したように宙に浮く。残された手は居心地が悪そうに、どこか乱暴に彼の頭を掻いていた。
「誘拐されたって聞いたら、放っておくのも気分が悪いだろ。今後も関係を続けるんだったら、見捨てるよりは助けた方が絶対いい。……そりゃ、別に計算したわけじゃないけどさあ」
薄暗い部屋に、彼の声が響く。
静かな夜。部屋の外にいる見張り達も気づかないほど、ささやかな声。
スレンは横を向いたまま、遠く何もない壁を見る。
影の落ちたスレンの横顔には、まるで子供じみた怒りが見える。
大人びた彼の風貌には似合わない、奇妙に幼いその不機嫌な表情に、私は――――。
「友達っていうのは、そこにいるだけで『得』になるもんだろ?」
「……………………スレン」
ほとんど反射的に、こう言っていた。
「あなた、もしかして自分で言って照れてるわね?」
「うるせえバカ!! お前そんなんだから友達いないんだぞ!!!!??」
………………。
あっ。
あっ、の表情のまま、私とスレンは顔を見合わせた。
現在の私は囚われの身。スレンはそれを救出しに来た身。
この部屋への入室経路は窓であり、どこからどう考えても非正規ルートの不法侵入。こんなところを見つかれば、大問題になるのは間違いない。
ところで、この部屋の外には見張りがいる。
反抗的な私を警戒し、見張りは二十四時間二人体制。常に扉の前に立ち、なにかあればすぐに対処できるよう待機しているこの見張り。
室内の多少の物音であればまだしも、大声なんて聞いてしまっては見過ごしてくれるはずもなく――。
「殿下!? どうされました! 今なにか妙な声が――――」
つまりはこうなるわけだ。
顔を見合わせている場合ではない。さらりと言われた、ド失礼な言葉に腹を立てている場合でもないのである。
「ああもう! お前のせいで気付かれたじゃねーか!」
「いや、どう考えてもあなたが大声を出したせいでしょ」
「余計なことを言ったのはお前だろうが!!」
などと言い合いをしている暇もない。
そうこうしている間にも、内鍵をかけた扉は荒々しく叩かれ、今すぐにでも見張り達が蹴破ってきかねない。
私は大慌てでベッドから飛び降り、スレンは開け放した窓へと駆けていく。
咄嗟に上着を掴んだせいで、一拍遅れた私に向けて、スレンが急かすように手を伸ばした。
「こうなったら、もうごちゃごちゃ言っている時間はないからな! ――――ほら!」
ほら、と言って、手のひらが私に向けられる。
つい先ほどと同じ。月明りを背に差し出された、私を外へと連れ出す手。
なんの得にもならない、計算の合わない、どんな裏があるかもわからないその手を――――。
「逃げるぞ! いいな!」
「わかっているわよ! でも、どうするつもり!?」
今度こそ、取ると決める。
ためらいを呑んで握りしめる。
同時に、スレンがぐっと私の手を掴んで引っ張った。
「どうするもなにもないだろ!」
ぐんっ、と体ごと引かれ、私はなにと思う間もなくスレンの小脇に抱えられた。
その状態で、彼は迷わず窓枠に足をかける。
扉は今まさに破られようというところ。
飛び込んでくる見張りたちを横目に、スレンは私を小脇に抱えたまま、当然のごとくこう言った。
「――――飛び降りる!!!!」
「え、いやさすがにそれは無理では」
などと言っても、もう遅い。
スレンは私の至極もっともな言葉を聞きもせず、三階であるにもかかわらず、夜闇の広がる窓の外へと飛び出したのだった。
うーん、死!
これは選択をミスったかな…………。




