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8.今の君は助けを待つ身だ(2)

「価値は――――」


 先住民の集落で、ヘレナは重たい口を開いた。


 真正面には、冷たい族長の目。温かなテントに満ちるのは、凍てつくような緊張感。

 溺れるような空気の重さに肌が痛む。向けられる不信感と拒絶に、怯みそうになる。

 相手は言葉も通じない蛮族。どうやっても捨てきれない彼らへの偏見と恐怖に、体が勝手にすくみ上る。


 だけど、それらすべてを飲み込んで、ヘレナはぐっと両手を握りしめた。


「――――()()()()


 ここで引くわけにはいかない。逃げ出すわけにはいかない。諦めることなどできない。

 今にも逃げ出したい気持ちを堪え、ヘレナは大きく息を吸う。震える手を握りしめ、重たい顔を上げ、射抜くような族長の目を見つめ返す。


「殿下を助けることには価値があります! きっとあなたたちにも恩恵があるはずです!」


 口にするのは、紛れもない事実だ。

 価値――と言われてしまえば、間違いなく『ある』。


 たとえアレクシスが望まなくとも、周囲の誰も望まずとも、蛮族たちにとってはなんの意味も無くとも。


「殿下は――アレクシス様は、セントルム王国の第八王女。現行王陛下の十三番目のお子にして、()()末子」


 王宮では誰も知っている。

 現国王には愛妾が三人。誰もが王に望まれ、寵愛を受け、健康な体で無数の子を産み落とした。

 その陰で、望まれぬのは王妃の方だ。政略によって結ばれた愛のない結婚。側室を持てないこの国では、ただ一人の正当なる妃。

 気位が高く、体は弱く、王と床を共にすることは少なく、数少ない義務を果たしてもなかなか子供を授かれない。

 王に望まれた平民の愛妾たちを疎みながら、次々に生まれる愛妾の子たちを憎みながら、ただ玉座を継ぐべき男児だけを望み続け、ついに果たした執念の女。


 愛され、望まれ、祝福された王子には、忘れられた一人の姉がいた。


「殿下は、王妃殿下のご長子――――」


 誰も望まなかった。父も、母も、周囲の人間の誰もが疎んだ。アレクシス自身でさえ、自分の生まれを疎んでいた。

 だけどその身に流れる血は、どうしようもなく絶対的な価値を持つ。

 唯一となってしまえば、なおさらに。


「三年前に弟君が亡くなられた今――王妃殿下がもはや子を望めなくなった今、このセントルム王国におけるただ一人の正統なる後継者であられます!!」




 〇




「――――殿下は、この国の正統なる後継者」


 コツン、と足音を立て、前領主はさらに私に歩み寄る。

 顔に浮かぶのは、絶対的な優位を自覚した微笑。私を見下ろす瞳には、駄々をこねる子供を諭すような色が浮かぶ。


「その証たるものを、お持ちでいらっしゃるはずです」


 声には確信が満ちている。

 足音は無遠慮で、近づく距離はさらに無遠慮だ。

 窓際の私を追い詰めるように、ゆっくりゆっくりと距離を詰めていく。


「あれこそは、王家の秘宝。亡き弟君から譲り受けた忘れ形見。本来であれば、いずれ国を継ぐべき王妃殿下のご長男にのみ与えられるアミュレット!」


 もしも長男がいなくなれば、その次の男児に。その次もいなくなれば、さらに次に。

 男児がいなくなれば、今度は長女の手に渡る。


 セントルム王国誕生時から、連綿と続いてきた伝統。

 魔除けを意味する真っ赤なガーネット、幸運を招くエメラルド。災厄を退け、無事の成長を願う『それ』こそは――。


「正統なる王家の血を引く子供のみが手にする、『次期国王』となる者の証!」


 前領主は足を止め、声を張り上げる。

 もはや無礼と指摘するのも馬鹿らしいほどの至近距離。

 手を伸ばせばぶつかりそうなその場所で、彼はたかぶったように両手を大きく広げて見せた。


「持っているのでしょう、殿下! 誰もが羨む、誰もが尊ぶ、誰もが息を呑む! あの、美しい金細工のブローチを!!」

「あ、それ捨てたわ」

「殿下の価値? ありますとも! ブローチが殿下の手元にある限り――――」


 と、ここで一呼吸。

 前領主が不意に語る言葉を止め、妙なものでも聞いたと言いたげに眉根を寄せた。


 その顔で、彼は首をひねりながら私に問う。


「………………今、なんと?」

「捨てたわ、要らないから」


 しかし、私としても答えは変わらない。

 特に必要なものでもないので、不用品回収(悪徳商人)に出してしまった。


 ちなみに不用品の処分としては、我ながら有効活用した方だと思う。

 金に換えられないほどの価値になったし、処分先も足がつきにくいところだしね。


「……………………………………は」


 肩を竦める私の前で、前領主は手を広げたポーズのまま停止した。

 唖然と口を開き、瞬きもせず目を見開き、理解するまで一秒、二秒、数えるのも馬鹿らしいほど、たっぷり十秒。


 死んだかな? と思うほどの長い間の後で、彼はひときわ大きく声を張り上げた。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?????」


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― 新着の感想 ―
最高!アレクシスさすが! 前領主なぞ、そのままショックでこの世から退場したら、手間が省けたのに。……そうはならずにはばかるんだろうな、逆ギレが心配。 悪徳商人ぶったセリフで去って行ったアルドゥンだ…
あー、あのうっぱらったやつ
ちょい待て、その身上であの扱いってマジで何やねん(汗) むしろ立太子される立場やんけ!正妃の派閥の連中は何やっとんねん! まあ、側妃の派閥からすれば正室の子供は全滅してくれる方がいいから邪険に扱うん…
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