8.今の君は助けを待つ身だ(1)
「…………期待してないわよ」
私は前領主を一瞥し、うんざりとため息を吐いた。
村人や護衛たち、ましてや先住民たちが助けに来るかどうかなんて、考えるのも馬鹿らしい。
答えは決まっている。
助けなんて期待していない。期待したこともない。
だって、そんなことをする意味がどこにあるのだろう。
「誰かの助けなんて、期待したこともないわ。わざわざ私なんて助けてどうするのよ」
だって、事前に交渉をしていない。
だって、見返りも提示していない。
だって、損得が釣り合っていない。
村は無事に冬を越え、当面の間は問題なく運営されていくだろう。
となれば、領主の私を無理に助ける必要はない。
護衛たちの任務は私を死なせないこと。
となれば、べつに前領主の元だろうと生きている限り奪い返す必要もない。
先住民への恩義はすべて弁済済み。もう彼らと私の間には、なんのしがらみも存在しない。
となれば、彼らがよその内輪もめに首を突っ込む必要性は皆無である。
なんの意味もないのに、どうして他人を助けるだろう。
自分に利益がないのに、どうして危険に飛び込むだろう。
世の中はすべて数値換算。利益と不利益が最低限釣り合わなければ、誰も他人には手を差し伸べない。
金銭にしても、身分にしても、保身のためでも単なる見栄でも、誰かしらなにかの見返りを求めている。なればこそ人は重たい腰を上げ、他人に恩を売りつけるのだ。
だけど私は、身に覚えのない恩の押し売りなど望んではいない。
「別に助けられたいわけでもない。必要とも思わない。余計なことをされるくらいなら、私一人でなんとかした方がよっぽどいいわ」
「それはそれは……」
言い捨てる私を見つめ、前領主は一度呆気に取られたように目を丸くした。
それから訝しげに眉をひそめ、どうにも意味が分からないと言いたげに首をひねり、長らくの間の後で、ようやく腑に落ちたらしく額を打つ。
「いや……いやいや、なるほど。なるほどよくわかりました。そういうことでしたか」
再び私に向く彼の顔には、わかったような表情が浮かんでいる。
まるで見透かすように目を細め、彼は大げさに首を横に振った。
「なるほど、殿下はどうやら村でずいぶんと辛い目にお遭いになったらしい。誰の助けも期待できなくなるなどとは、なんとおいたわしい……」
なるほど、わかってない。
前領主は哀れむように私を見やり、大きく肩を竦めてみせた。
「まったく、村の連中の浅はかさには困りますな! あの連中ときたら、まるで自分たちのことしか考えない! 自分勝手で、周りのことなど考えず、誰かに手を差し伸べようともしない! 殿下がいなくなっても捜しにも来ないような薄情者どもです!」
前領主の言葉には、次第に熱が入っていく。声は段々に力強く、大きくなっていく。
ここが勝負どころとでも思ったのか。じりじりと私に歩み寄りながら、彼は自分を誇示するように胸に手を当てた。
「ですが、私は違います! 私であれば、殿下の危機には必ず駆け付けましょう! どんなときもお助けしましょう! ――『私なんて』、なんてとんでもない! あなたの価値を理解できないとは、村の連中のなんと愚かなことか!!」
「…………」
「この際、村がどうこうなどは置いておきましょう。開拓の実情などもどうでもいいことです。ここで大切なのはただ一点。このマーカスと、村の愚物どもと、どちらに付くのが殿下にとって得策なのかということだけです!」
「……………………」
「殿下の価値を理解し、殿下を助ける行動力もある私と、今も村で縮こまっている村人ども! どちらが殿下にとって本当に必要な存在か、聡明な殿下には、もう答えは出ているはずでしょう!!」
……………………ふん。
「価値、ねえ」
言いたいことはいろいろあるけど、今はいったん置いておく。
開拓の実情がどうでもいいわけないだろうと言いたいけれど、それも追及するのはのちほどで。
とにもかくにも引っかかるのはこの言葉。どうやら前領主は、ずいぶんと私を買いかぶっているらしい。
「危機には必ず駆け付けて、どんなときも助けてくれて、危険を冒して村から攫いだしまでして。それはまた、ずいぶんな厚遇ね」
まあ、最初は村もろとも私を見殺しにしようとしてたんだけどね、この男。
だけど、一度手に入ると分かってしまえば話は別。これほど生意気な跳ねっかえりを相手に、どれほど挑発されても手を上げることもしない。
怒りを堪え、苛立ちを呑み、なんとか懐柔しようとあの手この手で四苦八苦――なんて。
まったく、ご苦労なことである。
私は半ば嘲笑めいた目で、歩み寄る前領主を一瞥した。
「あなたにとって、私ってそんなに価値があるのかしら?」