7.先住民たちは今ごろどうしているだろう?
ヘレナの話を聞いた先住民の族長は、ほとんど間を置かずにこう答えた。
「――――お引き取り願おう」
護衛を案内に立て、慣れない雪道をほとんど休まないまま丸一日駆け、ようやくたどり着いた先住民の集落。
見慣れない異民族に怯え、言葉の通じない不安の中、それでも『ここならば』と期待をかけていたヘレナは、族長の返事を信じられない思いで聞いていた。
集落最奥のテント。燃え盛る火の向こうに座る族長の顔は険しい。ヘレナを見据える目は鋭く、全く取り付く島もない。
そのあまりに冷淡な態度に、隣で通訳をしていたスレンさえも戸惑っているようだ。
彼は困惑したようにヘレナと族長を見比べながら、続く族長の言葉を伝える。
「そちらの求めに応じる義理はない。気の毒には思うが、他を当たるがいい――だってさ」
それで、話は終わりだと族長が首を振る。
そのまま退出を促され、先住民の男に肩を掴まれても、ヘレナは動けなかった。
「な――――」
ヘレナはその場に立ち尽くしたまま、震える瞳で族長を見る。
先住民に囲まれていても、案内を買って出た護衛のカイルに宥めるように呼び掛けられても、族長の射抜くような目に見据えられても、動けない。動く気になれない。
だって――納得ができなかった。
「なぜですか。どうしてそんな、ろくに悩みもせず、どうしてそんな簡単に……!」
どうして、断れるのだろう。
どうして、こうも他人事でいられるのだろう。
アレクシスと彼らには交流があった。
最初こそ問題のある接触ではあれど、教えを請い、取引をし、対話をし、交流をした。
彼らの集落の危機には、貴重な宝飾品まで差し出して救ったのだ。
なのに、なぜ――――。
「どうして見捨てられるんですか! 殿下が攫われたのに、どうして!!」
「ヘレナさん、落ち着いて――」
「落ち着けません! だって、殿下はあなたたちを助けたのに!!!!!」
自分たちの村だって危うかったのに、アレクシスは迷わなかった。
まだ熱で朦朧としていたのに、すぐに決断した。
だというのに、そうまでして助けた集落はこんなにも薄情なのだ。
アレクシスの危機に、眉の一つも動かさないほどに。
「――――それを」
族長の声は、あくまでも冷たい。
どこまで行っても、ヘレナに向ける目には感情がなかった。
「お前は、自分の村の人間に言ったのか?」
瞳は黒く、暗く、見透かすような底知れなさがある。
思わず息を呑めば、族長は静かなため息とともに首を振った。
それから、仕方がなさそうに言葉を続ける。
「我々に義理があるのは、お前たちではなく領主自身に対してだけだ。その義理も、食糧の支援とスレンの派遣で果たしている。友誼はあれど、そのため同胞の命を危機に晒すわけにはいかない」
「命、って……」
「わからずに言っているわけではないだろう。領主は聖地の外にいる。我らが動くということは、お前たちの土地を侵略するということだ」
――侵略。
その言葉に、ヘレナは思わず両手を握りしめる。
わかっていなかった、とは言えない。
アレクシスは隣領にいる。それを助けに行くということは、もうノートリオ領内だけの揉め事では済ませられなくなってしまう。
先住民が見過ごされていたのは、国にとっては無益なノートリオ領内に暮らしているからだ。もしも隣領を襲ったと知られれば、きっと明確な危険分子と見なされるだろう。
それでも、捨て置かれるという可能性はある。国の腰は重い。一度や二度程度なら、見て見ぬふりをするかもしれない。
だけど、そうではない可能性もある。これを機に、目障りな先住民を排除にかかる可能性もある。あるいはそこまでいかなくとも、隣領襲撃を指示した主導者は見逃されないだろう。
「そも、話を聞くに相手は武装している。救出自体が、こちらの身を危険に晒す行為だ。上手くいくかもわからない。無事に終わるかもわからない。何人死ぬかもわからない」
「………………」
ヘレナには、言い返すべき言葉が見つけられない。
口をつぐみ俯く彼女の頭上に声が響く。淡々とした族長の声と、同じく淡々と訳す、突き放すようなスレンの声が。
「だというのに、それをどうして我らに求められる? どうして我らが応じられると思う? ――お前たち自身は、動かぬというのに」
「それ……は…………」
言葉を詰まらせ、喘ぐようにヘレナは息を吐いた。
恩義があるのは、村人たちだって同じだ。
むしろ村人たちの方が、よほどアレクシスへの恩義があるはずだ。
なのに、なぜ彼らへの説得を諦めた? なぜ先住民に頼ろうと思った?
――…………村の方々の気持ちは、わかるから。
彼らの過去を知っているから。前領主への恐怖を理解できるから。自分の生活を守りたいという、彼らの気持ちに共感できたから。
無理強いをさせられなかった。仕方ない、と思ってしまった。
でも先住民は、蛮族だから。
野蛮だから。無知だから。暴力的だから。
戦いなんて、きっとお手の物。暴れることに抵抗はない。命知らずの救出にも、きっと迷わず乗るだろう。
そう思ったから。
異民族である彼らにも事情があることを、想像できなかったのだ、きっと。
族長の理知的な目が、浅はかだったヘレナを射抜く。
「それとも、お前の要求にはそれだけの価値があるとでも? 動かぬお前たちの代わりに、我らが危険を晒すだけの価値が」




