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5.残された村はどうなっているだろう(1)

 もちろん、村は大騒ぎである。


 なにせ、ヘレナが朝起こしに行ったらアレクシスがいない。

 どうせ彼女のことだから、早めに起き出して執務室か書庫にでもいるのだろう、と捜しに行っても姿が見えない。

 これは思いがけないことをしているに違いない、と護衛たちを呼んで屋敷中を見て回っても見つからない。

 もしや大変なことになっているのでは……? いやでもアレクシスならこのくらいは……と半信半疑のまま、村人も巻き込んでの大捜索をしても、なおアレクシスは現れないのだ。


 最初のうちは『あの王女だし……』と思っていた人々も、こうなってくると話が変わる。

 一人で外に出て遭難したか、あるいは蛮族にでも見つかって攫われたか、はたまた魔物と出くわして襲われでもしたか。とにもかくにも、なにか厄介ごとが起こっているらしいのは間違いない。

 人々は血相を変え、屋敷の内外を必死になって捜しまわり――ついに見つけたのが、アレクシスの寝室にある暖炉の奥。

 巧妙に隠された、秘密の通路の存在だったのである。


 通路はすぐさま護衛たちによって探索され、村から離れた丘の下に続いていることが明らかになった。

 しかもこの通路は最近誰かに使用された形跡があり、通路の出口には南方へ向かう馬の足跡まで残されていたという。


 こうなると、もはや犯人は疑いようもなく――――。






「――――――――――――ど」


 四月一日、夜。

 すっかり日の落ちた薄暗い領主屋敷に、ヘレナの声が響き渡る。


「ど――――――しましょう! どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう!! まさか殿下が誘拐されるなんて!! まさか犯人が、前領主のマーカス様なんて!!!!」


 場所は一階、現在は厩も兼ねているエントランスホール。

 隠し通路探索から戻った護衛たちの報告を聞くため、屋敷中の人間が集まっているその場所で、ヘレナは大混乱のまま頭を抱えていた。


「まさか隣領からマーカス様が渡ってくるなんて! こんな雪の中、殿下を連れて行くなんて!! どどどどどどどどどーしましょう、どうしましょう、どうしましょう……!!」

「ま、まあまあヘレナさん、落ち着いてください。まだ閣下が犯人だと決まったわけではないですから……」


 動転するヘレナにそう呼びかけたのは、瘴気学者のアーサーだ。

 彼は困った顔でヘレナを窺い見ながら、宥めるようにこう告げる。


「ただ閣下は隠し通路を知っているはずで、残された馬の足跡は隣領のある南に向かっていて、閣下は村から追放されたあと隣領に逃げているというだけで…………」

「ほとんど確定じゃないですか!!!!」


 そこまで揃っていて、マーカスが犯人でなかったら逆に驚きである。

 はじめのうちは『アレクシスが自分から好奇心で突っ込んだんじゃないか』とか『蛮族が忍び込んだに違いない』とか『もしかして魔物に襲われたんじゃ……』などと訝しんでいた村人たちも、さすがにもうそんなことは言わない。

 なにせ状況的にあまりにもマーカスが疑わしく、しかもあの男ならやりかねないのである。


「こんなの、落ち着いてなんていられません! だって殿下はまだ七歳なんですよ! きっと今ごろ、怖くて震えて――――…………は、いないでしょうけど!!」


 たぶん、けっこう、割と平気な顔で状況の整理をしている気がする。

 誘拐されつつも落ち着いて、無闇に暴れたり抵抗したりもせず、犯人に目星まで付けている気がする。


「で、でも! 隣領に着いたら周りは知らない大人だらけです! きっとお一人で不安でなにも言えず――――…………とも、ならなそうですけど!!」


 アレクシスのことだから、そんなことで躊躇なんてするわけがない。

 マーカスになにか言われたとしても、その倍くらいは言い返すに決まっている。なんなら言い負かした挙句に煽り倒して、相手を余計に怒らせてさえいるに違いない。確信がある。


 ――――で、でも!!!!


 それでも、この状況がアレクシスにとって望ましくないのは明らかだった。

 村人から聞いたマーカス像は、自信過剰で傲岸不遜。無責任で他者を省みず、自分を大きく見せることだけに固執する。

 そういう人間は、アレクシスとの相性が最悪だ。いやそもそもそんな人間と相性の良い人間がいるのかという話ではあるけれど、それにしたってアレクシスとは水が合わなさすぎる。


 どれほど賢かろうと、知恵が回ろうと、アレクシスはまだ七歳。

 子供である彼女にできることは多くはなく、大人であるマーカスはそれだけで、物理的にも立場的にも強い。

 彼を怒らせてアレクシスが無事でいられるかは、ヘレナにはわからなかった。


「――――――とにかく! このままではいられません!!」


 どうしましょう――と言いたい気持ちを呑み込んで、ヘレナはぐっとこぶしを握る。

 どうしようもなにも、もうこうなってはやることは決まっていた。


 時刻はすでに夜。アレクシスが誘拐されてからは、ほぼまる一日が過ぎようとしている。

 このまま彼女がマーカスの手に渡るのを、黙って見過ごすわけにはいかないのだ。


「早く殿下をお助けしないと! 隣領に行きましょう――――みなさん!!」


 みなさん――と言って、ヘレナは村人たちを見回した。


 この場にいるのは、領主であったマーカスを追放した人々だ。マーカスに恨みを持つ彼らなら、必ずや力になってくれるに違いない――――。


 と、思ったのだけど。


「…………みなさん?」


 ヘレナが呼びかけても、村人たちからの返事はない。

 目を合わせようとしても、なぜか合わない。


 すぐ傍にいたアーサーに目をやれば、彼は気弱そうな顔を強張らせ、ばつが悪そうにそっと視線を逸らした。


「…………………………みなさん?????????」


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― 新着の感想 ―
まあ、元々ギリギリまであのクソ領主に逆らわなかった村人だからなぁ… それくらい貴族と平民の身分差の怖さが身に染みてるんだよな、うん。 ヘレナさんはいいとこの出だから気付きにくいだろうけど。 まして全…
あーモチのロンで助けに行ったよね。 この村の人達の思考を想定すると余裕ですよ!
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