4.誘拐犯と対峙しよう(4)
もちろん、意趣返しであっても反論には利用する。
私は空気の凍り付いた一室で、強張る前領主の目を見据えた。
「あなたの言うことを鵜呑みにしたら、あなたの言う『愚かな村人たち』や『学者風情』より、あなたの方がもっと無能ということになるわね。彼らができたことが、あなたにはできなかったのだもの」
「ンぐ……ッ」
「だいたい、私が見た村は『順調な発展』を遂げていたようには見えなかったわ。家は粗末でボロボロだし、村の人たちはろくに着る服もないし、家畜も全滅。私が村に来た時点でこれなんだから、私を騙すための自演というのもあり得ないわよ」
「ンンぐぐッ」
「しかも、入植者の半分以上があなたが治めていた三年間で亡くなっていたわ。あなた、潤沢な物資を持って入植したのでしょう? しかも春の、いちばんいい時期に」
「ンぐぬぅッ」
「冬だって、今年ほど厳しくなかったんでしょう。冬への準備期間だって山ほどあったでしょう。それでこれだけの死者を出す人間が優秀には思えないわ」
「ふンぐぐッ」
うーん、自分で言っていてなんだけど、あまりにもヌルゲー。
ゲームで言えば『イージー』スタート。ゲーマーとしては、プライドから選べない難易度だ。
いやね、イージー自体には別に思うところはないんだけどね。
むしろイージーの実装は大歓迎。難易度選択がなく、ただただ難しいゲームは新規参入を拒むだけ。イージーとは名ばかりの『これクリアさせる気ないんじゃね?』な難易度設定に至っては、喜ぶのは一部のめんどくさい古参オタクだけである。
新人のための門戸は広いほうがいい。新規参入者がいなくなるジャンルは潰れるだけ。『イージーなんて(笑)』なんて言っているようなのは、むしろファンじゃなくてアンチである。
だいたい、ゲームの楽しみ方は人それぞれ。必ずしも、高難易度クリアばかりがゲームの面白さというわけえではない。
ストーリー、キャラクター、世界観、音楽。どれも大事なゲームの一要素。難易度はそこそこに、ゲームの世界に浸るというのも立派なゲームの楽しみ方だ。
ただし、『イージー』すらクリアしていないくせにデカい顔をするとあっては話が別。
序盤をちょっと触ってしたり顏。まるでご意見番のようにゲームの神髄を語ろうなどとは、万死に値する大罪である。
というわけで、許すまじ前領主。
ゲーマーの風上にも置けない、知ったかエアプめが。
「あなたがいない方が、よっぽど上手くやっていけているじゃない。三年もあって、なにをしていたのよ、あなた」
「ン゛ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
レスバよっわ!!!!!!!
ン゛ッ、の断末魔ののち、前領主は沈黙した。
隣領領主ジョナスが隣でおろおろするのをよそに、彼は目を見開いたままなにも言えずに口をつぐむ。
肩を怒らせ、こめかみを引きつらせ、口の端をぴくぴくと震わせながらも、反論の一つもないのはまさに無様。
怒りのためか羞恥のためか、顔面に血が上っていく様は、ありていに言ってしまえばこの通り。
顔真っ赤! プギャ―――――――――――――!!!!!!!!
「領地を発展させたのも嘘。あなたがいなきゃ冬を越せないというのも嘘。あなたの言い分を鵜呑みにしたら矛盾だらけ。――わかる? あなたの言葉、信頼に値しないのよ」
「――――――――――――――――――」
あーあーあーあ、黙っちゃった。
そんなんだから『学者風情』のアーサーに村人の信頼を奪われるんだよ。
だいたい、あんな大人しい村人が反乱なんて相当だよ、相当。よくそれで、ここまで自信満々な態度を取り続けることができたな????
所詮この男の『口が上手い』は、勢い任せにまくしたてて押し切るだけ。子供だましにも満たない、ハリボテの特技である。
こんなもの、押しが弱くて気が弱い一部の人間にしか通用しない。そんなことだから、私にも言い負かされるのである。プギャーギャッギャッギャッ(笑い声)。
「――――――――――――――――――ぐ、ぬ。ぐぬぬ……で、殿下…………」
ついでに屈伸もしちゃろ。
ほーらほら、スクワットスクワット。プギャッギャッギャ!
「…………殿下は……どうやら……ご自分の立場がわかっておられないらしい…………」
ギャッギャッギャッ――――ぷぎゃ?
と煽り散らしていた私は、前領主の言葉に眉根を寄せた。
いったいなにを今さら。人前でこれだけ嘘が暴かれて、言えることがあるとでも?
などと思う私の前で、前領主は唇の端を吊り上げる。
目には小馬鹿にした色を浮かべ、ため息交じりに首を振り、切り替えるように大きく息を吸い込むと――――。
「―――――――なんてことだ! 殿下はどうやら、ハワードめの吹き込んだ嘘をすっかり信じ込んでしまったらしい!!」
前領主はわざとらしい嘆きの表情を浮かべ、周囲の大人たちに向けて声を張り上げた。
「先の言葉も、ハワードに『こう言え』と指示されていたに違いありません! なにせ、殿下はまだ七歳! 狡猾なハワードには、洗脳するなど造作もないことです! ――よくお考えください、こんな小さな子供が、あんな難しいことをすらすらと話せるわけがないではありませんか!!!!」
あっ、ふーん……。そういう方向に話を持っていくんだ。
でも、それじゃ私の言ったことへの反論になっていない。誰に吹き込まれた言葉であろうと、私の言い分は筋が通っているからね。
前領主の言葉は、結局ただの論点ずらしだ。
そんな苦し紛れの言い逃れが、この状況で通るとでも???




