4.誘拐犯と対峙しよう(1)
「――――おお、殿下! よくぞご無事で! このマーカスめがお助けしたからには、もう安心でございますよ!!」
やっぱりね。
というわけで、連れてこられたのは予想通り隣領だった。
場所は、たぶんだけど隣領最北の町にある関所だと思う。領都にある隣領領主の屋敷とは様子が違うし、そもそも屋敷にしては武骨で愛想がないしね。
この関所は、隣領を出てノートリオ領へ向かう人間、あるいは逆にノートリオ領から隣領へ入る人間の身元を確認するためのものだ。
まあ、言ってしまえば普通の関所。ノートリオ領への出入りなんて滅多にないものの、アーサーのような変人学者どもが稀に草原に行きたがるし、村人のような開拓団もいる。これまた滅多にないけれど、中には後ろ暗い犯罪者もいるだろう。
あるいは、先住民の商人なんかを警戒する向きもあるらしい。
セントルム王国の人間にとっては、先住民であるだけである意味犯罪者と変わらない。自分の領地で問題を起こされてはたまらないと、門前払いをするのも関所の役目だ。
もちろん、私がノートリオ領に入るときもこの関所を横切った。
さすがに中にまでは入らなかったけれど、はた目から見る限り、辺境の関所にしてはそれなりに立派。大きな門と兵舎めいた建物が併設されていて、どちらかというと砦を思わせる出で立ちだ。
――昔の名残かしらね? 古い時代には聖地を巡って戦争をしていたっていうし。
今でこそ落ち着いているノートリオ領も、それなりに戦乱を経験したし他国との小競り合いもしてきた。各地には今も争いの痕跡があり、人々の間には禍根も残っているのだ――というのは置いておいて。
とにもかくにも、私が連れてこられた建物は、関所の中の一室らしい。
部屋は簡素で飾り気がなく、小さな窓がわずかに外の景色を映すだけだ。
私はそこでようやく布を外され、拘束を解かれた。
まる一日半に及ぶ逃避行もこれにて終了。ほっと息を吐く暇もなく、しかし数人の男たちに取り囲まれたのである。
そのうちの一人は見覚えがある。見るからに素朴そうな顔をした隣領領主だ。
あとは兵士らしい人間が数人に、使用人らしき人物が一人二人。
そして、彼らを背後に従えた『いかにも』な男が一人、私の目の前に立って両手を広げていた。
さて、この『いかにも』がなにかと言えば――――。
「ああ……アレクシス王女殿下……なんとおいたわしい……! このマーカス、ノートリオ領に一人残された御身を思うと不安で夜も眠れませんでした……!」
――ほんっっっっっっっとうに『いかにも』な男ね!!!!
意外性もなにもなく、現れたのは前領主。
もう『いかにも』すぎて逆に予想外なくらいのオーバーリアクションに、私は思わず鼻白む。
貴族家三男。自尊心と劣等感を拗らせた野心家。能力はないくせに自分を優秀と思い込み、悪いのは環境であると責任転嫁。ようやく得た領地の運営が失敗すれば、村人に責任を押し付け逃走。
挙句に保身を図って、直接手を下さずに村が滅びるように画策するずる賢さ。浅はかなくせに小賢しい、しょうもない小悪党。
もう、聞いた通りそのまんま。こっちとしては手紙のやり取りをしただけの初対面なのに、名乗られる前にどれが前領主だかわかってしまった。
ちなみに、態度だけではなく服装もそれっぽい。
髪は過剰に撫でつけて、服装は王都の流行全部乗せ。とりあえず見せつけてやれと言わんばかりにぶら下げた宝飾品のたぐい。
いやー、センスが悪い! 身につけるものに自我がない!
単純なダサさではない品のなさ。まさに小悪党のどテンプレ。見た目もこれで態度もこれでは、もちろん口にする言葉だってテンプレに決まっている。
少し前まで痛ましげに私を見ていた前領主は、一度大きく首を振ると、「ですが!」と大きく胸を叩いてみせた。
「もうなにも心配することはありません! 不幸にもあんな荒れ地に取り残されて、愚かな村人どもに屋敷まで乗っ取られて、さぞやお辛かったでしょう! でも、それも終わりです! これからは、この私が殿下をお守りしてさしあげるのですから! 今こそあの恩知らずな愚民どもに、正義の鉄槌を下してやりましょう!!」
満面の笑みを浮かべる前領主に、私は無言で頭を掻く。
……………………あー。
うんうん、なるほどそういう感じね。
悪いのはすべて村人たち。私は運悪く領内に取り残され、救いを求めるヒロイン。
そして、前領主は村人の魔の手から救ったヒーローと。
そういう方向性に持っていきたいわけね。
なるほどー。
………………えっ本気で言ってる????
隣領の領主、この言い分で騙されたの??
というか、これで王宮の人間たちも言いくるめられてたの? マジで!?




