3.誘拐犯は誰だ!
問題発生はその日の夜。
いつものようにヘレナに寝かしつけられ、部屋で一人眠っていた時のことだ。
時間的にはおそらく深夜。体感、日付が変わって数時間。深夜一時か二時ごろではないかと思う。
一部の夜更かしな村人たちも寝静まり、すっかり物音の絶えた時間帯。私は不意に、妙な物音を聞いた気がして目を覚ました。
音がするのは部屋の中。物が落ちるとか、暖炉の灰が崩れるといった自然の音とは違う。
まるで、誰かが歩いているような――――?
「おい、生きているなんて聞いてねえぞ! どうする!」
「どうするもなにも、勝手に殺すわけにもいかねえ。判断はあっちの仕事だ!」
「とりあえず連れていくぞ!」
えっちょはや待ってまだ寝起きでなんも考察できてな――――むぐっ。
とまあ、そんなところで回想終了。ずいぶんと判断の早い賊である。
賊としては高評価。でも余計な会話で情報を漏らしたのは低評価。差し渡しプラスマイナスゼロというところ。
以降、私はこの通りお荷物である。
荷物になった当たりの記憶がない当たり、たぶん睡眠薬かなにかを嗅がされたのだと思う。幸いにして後遺症らしいものはないので、気分としては『とにかくよく寝た』という感覚だ。
さて、それじゃあ改めて本題。
彼らはいったいなんなのか。どうして私はこんなことになってしまったのか?
そもそもの話、私の部屋には鍵がかかっていて、そう簡単には忍び込めないはずだった。
鍵を持っているのは私と、私を寝かしつけてから部屋を出るヘレナだけ。鍵は見栄っ張りで臆病な前領主がわざわざ複雑なものを取り付けていて、合鍵も簡単には作れない。
さらに、部屋の配置は屋敷の最上階だ。
領主屋敷は三階建て。ノートリオ領は土地柄高い木が育ちにくく、足場になるようなものも存在しない。となれば、窓から侵入したというのも考えにくい。
加えて、私の部屋には定期的に護衛たちが巡回に来る。
なにせ私は腐っても王女。こんな辺境に飛ばされた身でも、利用価値がないわけではない。万が一に備え、夜間においても護衛たちは警戒を欠かさなかった。
間隔としては、だいたい一時間に一度くらい。護衛たちは交代で部屋の前まで来て、周囲に異常がないかを確かめるのだ。
駄目押しに言うと、今の屋敷には村人たちが数多く暮らしている。
エントランスホールには馬たちもいて、見慣れない人間には敏感だ。
これらを避け、誰にも気づかれずに私の部屋の前まで来るのも難しければ、扉を開けて中に入るのも難しい。強引に壊せば物音で気付かれるし、慎重に解錠しようとすれば護衛たちに見つかる確率が高いだろう。
だいたい、考えてみれば私は『室内の物音』で目を覚ましたのだ。
解錠を無音でするのは難しいし、扉を開けても音はする。これらの音を私が聞き逃した可能性は否定しないけれど、それよりももっとありえそうな話がある。
というあたりで、今さらだけどあらためて。
この領主屋敷は、もともと私が建てたものではない。すでにあったものを、前の住人がいないのをいいことに勝手に拝借しただけである。
屋敷の家探しはしたけれど、別に徹底して探したわけではない。屋敷の構造を詳しく理解しているとは言い難く、使える部屋を使えるように使っているというだけだ。
さて、ところでこういう屋敷には、実は貴族が作りがちなものが一つある。
それは、領地経営の失敗の果て、あるいはなにかしら不幸な行き違い、もしかしたらまったくの理不尽ゆえに、屋敷が誰かに攻め込まれた場合の最終手段。追い詰められ、逃げ道をふさがれ、八方ふさがりになった時の救済の一手。すべてを解決し、ある意味すべてを放棄する究極の逃げ道。
屋敷の主人だけが知る、隠し通路が存在しうるのだ。
――もし隠し通路があるのなら、領主の私室と直通にするはずだわ。
なにせ隠し通路。いざというときの逃走手段だ。普段いる部屋から遠くに設置しても意味がない。
で、出口の方は逆に屋敷から遠く離れた場所に作るだろう。屋敷から目に付くような場所に出口があったら、逃げる前に見つかる可能性があるからね。
もしも屋敷に隠し通路があるとしたら、賊が私の部屋にいたのもうなずける。
扉を開ける必要もなく、窓から侵入することもなく、村人や護衛の巡回も気にしなくていい。扉の周囲に異常はないので、私の不在にもしばらくは気付かれない。
大騒ぎになるのは、朝になって私を起こそうとしたときだ。それまでにできるだけ遠くまで逃げてしまえば、追手の心配も必要ない。
南に行けば隣領がある。
私の予想では、たぶんこの川は今、渡れるはずだ。
四月に足を踏み入れたとはいえ、雪解けは遠い。この土地は、まだ氷が解けるほど暖かくなっていないのだ。
トビーを捜しに行ったとき、湖は凍っていた。
流水は凍りにくいと言うけれど、凍らないわけではない。ならば今の季節、川だって凍っていてもおかしくないはずだ。
――スレンから湖の話を聞いたときに、こっちも想像しておくべきだったわね。
うーむ、考えが足りなかった。
情報はあったはずなのに、川にまで考えがいたらなかったのは先入観のせいか。なんだかんだ、王都って雪は降るけど過ごしやすい土地なんだよね。
だけど極寒の地であるノートリオ領において、川を渡るのに雪解けを待つ必要はない。むしろこの寒さこそが、隣領へ逃げ込む道を作ってくれていたのだ。
――まあ、実際にそれで隣領に行けたかというと怪しい気もするけど……。
だって真冬は大雪の季節でもあるからね。
村から川まで行くには、最低でも一晩は越す必要がある。真冬の寒さで野営なんて自殺行為だし、吹雪になれば目も当てられない。
となると、チャンスは吹雪の季節が終わって少し気温が上がってから。かつ、川の氷が解けるまでの間。しかも川を渡るにはある程度の氷の厚さが必要で、単に凍っていればいいというものでもない。
川には水の流れがある。一か所でも薄い場所ができてしまえば、そこから一気に崩壊もしかねない。
となると、実際に渡れる期間は想像以上に短いだろう。もしかしたら、今が唯一のタイミングなのかもしれない。
しかしまあ、とにもかくにも川を渡れる可能性はあるわけだ。
そしてこの誘拐犯たちは、まず間違いなく隣領からやってきた。
逆説的だけど、そうでなければセントルムの公用語を話す彼らの出所がわからなくなってしまう。まさか、この雪の季節をノートリオ領で過ごしたわけでもあるまいに。村人でもない、先住民でもない彼らは、隣領から川を渡る以外にここにいるはずがないのである。
ならば、彼らはこれからどこに向かうか。
荷物も少ない彼らが、ノートリオ観光にいそしむとは考えにくい。おそらくはまっすぐに来た道を戻っているはずだ。
つまりは隣領。『判断はあっちの仕事だ』という賊たちの言葉から想像するに、おそらくそこに判断をするべき『あっち』とやらがいるのだろう。
――ふむ。
ふーむふむふむふむ。
これでざっくりと状況の整理は終わったわけだけど。
――隠し通路、隣領、私の誘拐。私よりもノートリオの冬事情に詳しい『あっち』とやら、ね……。
うん。
もう一人しか黒幕が思い浮かばないよね、これ。
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