2.春に向けて計画を練ろう(2)
書籍版、明日5/25発売!
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そもそもの話、私が村に残っているのは隣領に渡る手段がなかったからだ。
ノートリオ領と隣領は深くて長い川に隔てられており、川を渡る手段は太古に架けられた一本の橋のみ。他に橋と呼べるものはなく、瘴気満ちる川を恐れて渡し船のたぐいも出ていない。険しい山脈と国境に阻まれたノートリオ領において、この川に架けられた橋だけが唯一の脱出手段だったのだ。
それを、村人に恐れをなして逃げ出した前領主が破壊したのが九月半ば。私が領地にやってきたその日のことだ。
九月のノートリオ領はすでに寒い。ただでさえ、瘴気に満ちた深い川。水温まで下がっているとなれば、とても泳いで渡ることなどできなかった。
さりとて、船を作るだけの物資の余裕もない。前領主のせいで村人は領主そのものに不信感を持っていて、協力も仰げそうにない。雪は間近に迫っていて、小舟でどうにか一人二人が脱出できたとしても、助けを求めに戻ってくるだけの時間的な余裕もない。
となれば、致し方なし。
私は苦渋の思いで、村人たちとともに冬を越えることに決めたのだった。
が、逆に言えばそれはつまり――――。
「もう冬も終わります。春になって暖かくなれば、隣領に渡ることもできるはずです!」
こういうことでもある。
ヘレナのもっともすぎる正論に、私は思わず眉根を寄せて天を仰いだ。
水温が低くて渡れないと言うのなら、温かくなるまで待てばいいだけのこと。
今はさすがに雪解け前で難しいけれど、この雪もそう長くはない。あと一か月もせず雪解けを迎え、ノートリオ領にも暖かい季節がやってくる。
あるいは雪が解けたら、今よりも少し遠出がしやすくなるだろう。そうすれば遠征して木材を集め、船を作ることもできるはずだ。
次の冬のことを考えなければ、食糧調達にそこまで必死になることもない。
今の信頼関係なら、村人たちの協力も得られるはず。
力を合わせて領地脱出。最初は代表者数人で隣領へ逃げ込み、領主と謁見。助力の嘆願。速やかに残る村人たちも救出し、これにて無事にハッピーエンド。
人々は助かり、村は捨てられ、ノートリオ領開発は晴れて頓挫。前領主の偽りは明るみに出て、私は再び王城にて、次なる妙な縁談を待つことになるのである、と。
ふむ。
い、いやだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!
嫌だ嫌だ! 帰りたくない!
せっかく冬を乗り越えたのに、これからが楽しいところなのに!!
新しい季節! 新しいイベント! 新しい機能開放! これこそがゲームのサビ! 大トロ! わさび!!
なのに、一番おいしいところを目の前にして帰れなんてあんまりだ!!
「村のみなさんに、これ以上ご負担をかけるわけにはいきませんでしょう! 妊娠している方もいらっしゃるのに、こんななにが起きるかわからない場所にいさせられません!!」
でもあんまりにもど正論! 反論の余地がまったくない!
ううううう、でもぉ、でもぉ…………!!
「殿下のわがままで犠牲になるのは、村のみなさんなんですよ!」
うぐっ! どどどどど正論!!
「この冬だって、一歩間違えればどうなっていたことか! 殿下のおかげで助かったのは事実ですけど、それも運が良かっただけで――――」
「ああもう! わかった! わかったわよ!!」
畳みかけるヘレナに、私は耐え切れずに首を振る。
いやね、わかってはいる。わかってはいるのだ。
この冬は運が良かっただけ。実際、全滅の危機もあった。誰かが命を落としかねない場面なら、一度ならず何度もあった。
それをどうにか乗り越えたのは、村に残っていた資産を使い果たしたからだ。
もう小麦もない。種芋もない。なんなら村にはまともに暮らせる家もない。
これで一年おかわりというのはけっこうなチャレンジャー。しかも妊婦を十一人抱え、秋には出産ラッシュで最大十一人増えるという。こんなの、もうチャレンジじゃなくてギャンブルである。
だけど、隣領に渡れば少なくとも命の危機はない。
村人たちのその後の処遇は未知数だけど、どんなことになってもぶっちゃけこれまでの生活よりはマシだと思う。
となれば、領主として取るべき選択は決まっている。
なにせ領主は、領民の生活を守るのが仕事なのだ。
「今後の目標は、隣領に行くために川を越えること! 春になって雪が解けたら、準備を進められるように考えておくわ!」
まったく気乗りはしないけれど、仕方ないものは仕方ない。残念ながら、ゲームで言えば今回は短期シナリオ。越冬してから領地を脱出してエンディングなのだろう。
そういうわけで、私は観念して両手を上げた。
ゲームクリアはゲーマーの本懐。いやまあ私はクリアの前にぐるぐる遠回りをするタイプなのだけど、今の状況だと遠回りするうちにクリアルートが消えかねないからね。
それにまあ、一度隣領の様子を見ておきたかったというのもある。
前領主が逃げ出したあと、隣領に入っただろうことは間違いがないのだ。
冬に入る前に橋の様子を見に行かせた護衛の報告によると、隣領側の川沿いでは兵が警戒していたという話。となれば、隣領の領主が前領主の口車に乗せられている可能性もある。
川を渡る手段がある状態で、隣領を敵に回したまま放置するのはいただけない。なにかの間違いで領主を続けられることになったとしても、隣領からちょっかいをかけられる可能性もある。
こういう厄介の種は、早め早めの処分が大事。
春になったらこちらから隣領に乗り込んで、さっさと前領主との因縁を断ち切っておくべきだろう――――。
と、思っていたのだけど。
今回ばかりはしてやられた。
腹立たしいことに、先手を打ってきたのはあちらだった。
思えばそもそも、雪解けを待つという考え自体が甘かったのである。




