47.春へ(2)
えー、ここで久々のいったんタイム。
今一度、あらためて状況を考え直してみよう。
エリンは現在妊娠中。個人差があるとはいえ、妊娠後に体調に変化が出てくるのは、多くの場合は三か月前後あたりからだと思われる。
今は三月下旬。単純に逆算すると、エリンの妊娠時期は十二月末ごろ。時期的には、ちょうど新年会の前後あたりにあたるはずだ。
さて、この時期に村ではなにが起きていただろう。
思い当たるのは、しばらく私の頭を悩ませた『謎の薪消費量増加』である。
使用する部屋数、人員、使用時間。煮炊きでの使用や温室栽培のための利用。あの時期は厳冬期にの最中ということもあり、消費量が増加するだろうことを見越していても、なお計算が合わなかった。
結局は厩を解体することで帳尻を合わせ、その後は忙しさにかまけてうやむやになってしまっていたけれど、思えばこの一件はまだ解決していない。まさか幽霊が勝手に使ったわけでもあるまいに、消費量が増えたからには誰か使っていた人間がいたはずだ。
そして幽霊と言えば、しばしこの屋敷に流れていた噂がある。
まあ、もともとはアントンをかばうために私が流した噂ではあるのだけれど、その後は尾ひれも付いて背びれも付いて、足まで生やして勝手に一人歩きしたこの話。ちょうど三か月前後ほど前の新年会にて、女衆の間では持ちきりだった記憶がある。
さすがに正確な会話内容までは覚えていないけれど、ざっくり言うとこんな感じ。
いわく、この屋敷には幽霊が出る。
夜中に出歩く怪しい影。誰もが寝静まった時間に聞こえる、話し声や物音。回廊をコツコツと歩く音。
さらには、誰もいないはずの部屋に灯る光。
問題は、これだけの噂の尾ひれはいったいどうやってついたのかというところだ。
噂とは、流れるからには原因があるもの。
いやまあ根も葉もない噂がないとは言わないけれど、それだって元をたどれば勘違いや誇張、意図的な嘘といった理由が見え隠れする。
今回で言えば、そもそもの発端は私の嘘。
その後の噂は村人たちが見聞きし、恐怖によって勘違いしたものだ。
夜中に出歩く影や物音は、おそらく誰かが夜中にトイレに向かう姿を見たのだろう。誰もが寝静まった時間に聞こえる話し声も、眠れない村人たちの会話を聞いたか、あるいは風の音を会話と勘違いしただけかもしれない。
だけど、『誰もいないはずの部屋に灯る光』というのは違和感がある。
トイレに行くなら他の部屋には入らないし、明かりを灯す必要もない。まさか本物の幽霊というわけもあるまいに、それじゃあこれはいったいどうしたことだろう?
いったい誰が、なんのために、夜中に使われていない部屋の明かりを灯す必要があるのだろう?
モーリスとエリンは、このプライベート空間のない大所帯の屋敷において、どうやって妊娠に至ったのだろう??
…………というあたりで、タイム終了。
私は額に手を当てて、駆け込んできた四人を含む村人たちを回し見た。
病室前には、現在ほぼすべての村人が集まっている。
いないのはせいぜい、足の悪いトーマスや、腰の重い比較的年配の村人たちくらい。つまり、妙齢の男女は全員いると言っていい。
そんな彼らに向けて、まずは一つ咳払い。全員の注目を集めると、私は低く呟いた。
「………………村の風紀が乱れていたようね」
いやまあね、別に悪いことじゃないよね。いい年をした大人たちなんだからね。自然の摂理でもあるわけだしね。
それにこういうのは、本来は祝福されるべきことだ。両者同意の上であるのなら、咎めるようなことはなにもない。多くの命が失われたこの村には、きっと新しい息吹が望まれてもいるのだろう。
ゲーム的にも、新しい命は大歓迎。産めるときに産まないと、老人だけのコロニーになって滅亡一直線である。
それはまあ、重々承知しているのだけれども。
でも、えっ、このタイミング?
人の屋敷でなにやってんのとか、人が必死になって冬を乗り越えようとしている横でなんなのとかは置いておいて、ここで人口増加??
えっ、だってどうすんのこれ。
まだ冬をどうにか乗り越えただけなんだけど? 春になって上手くいくとは限らないんだけど? 村の運営、安定してないんだけど??
それで、エリンたちを含めても五組。全員が無事に出産するとして五人の増加。
これ、この状況でどうやって養っていけばいいんです??
――いえ、待って。
待て待て待て、ちょっと待て。
嫌なことに気付いてしまった気がする。なんか悪い予感がする。
まさかとは思うんだけど、もしかしてなんだけど、これこの五組だけじゃないのでは?
だって彼らは全員『自己申告』。体調不良ゆえに、致し方なく発覚したに過ぎない。
ということは、まさか、もしや――――。
「…………………………他に、心当たりのある人間は?」
私が言えば、集まった村人たちの半数がそっと顔を背ける。
その数、エリンたちも含めて合計十一組。
……………………マジで? 十一組??
村の女衆、ヘレナを除いて十五人いる中での十一人が妊娠中?????
「――――――――――」
い、いや、絶句している場合じゃない。
え、えええええと、ええと、ええと。出産までは十月十日。全員が新年会付近に妊娠したと計算すると、十月前後に一斉に出産ラッシュが始まるはず。
身重の女性に無理はさせられない。特に臨月ともなると、まともに動くのも厳しいだろう。
と考えると、冬備えの忙しい時期に、女性陣の過半数が労働力にならないわけだ。
しかも体内に赤ん坊がいるわけで、そのぶん栄養も必要になってくる。出産後は、赤ん坊のための栄養も必要になってくる。
よちよち歩きもできない赤ん坊は、当たり前だけど労働力としては数えられない。それどころか、彼らはつきっきりで面倒を見なければならない生き物だ。
つまり、今後は赤ん坊の世話のための労働力も割く必要があるわけで――。
四十六人の村において、十一人の労働力を失い、養うべき十一人の人口増加。
私の領主就任後、春を迎えるのは初めて。土地には不慣れで、どれだけの収穫があるのかもわからない状況。頼りのスレンたちも、来春には場所を移していなくなる。
背筋に、ひやりと冷たいものが走る。
人口管理はこの手のゲームの基本のキ。減らしすぎれば消滅し、増やしすぎれば崩壊するシーソーゲーム。細やかにバランス調整をする必要のある、最も気にかけるべき数字なのだ。
これをおろそかにすれば、こうなるのは必然というもの。初見プレイの典型的大失態。ゲーム崩壊の黄金パターン。「たのし~!」とも言っていられない、完全なる管理ミスである。
どうにかこうにか冬を超えても、滅亡フラグはまだ目と鼻の先。
久々の明るいニュースに喜び合う村人たちを前に、私は一人呆然立ち尽くした。
(2章終わり)
書籍化します!
オーバーラップノベルス様より、5/25発売予定です。
詳細は活動報告で! 書籍版もよろしくお願いします~!
次の更新について、しばらく書き溜めをしてから5月半ばごろに再開できればと思います。
地獄の人口爆増編がはじまる……!
 




