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45.負傷者の治療をしよう(2)

 幸いなことに、野営の準備は持ってきていた。

 考えるための時間稼ぎのつもりで用意させた大量の装備も、どこで何が役に立つかわからないものである。現在もベースキャンプとして使用している革張りの大型テントに、一晩を明かせるだけの食糧と水、燃料。念のための首狩り草ストックも、そりの中に積まれていた。


 テント内は、救助隊の全員が入れるだけの広さがある。

 この『入れる』というのは、中でゆったり体を横たえられる――という意味では、もちろんない。文字通り入るという意味のみである。

 それでも、膝を抱えて縮こまれば、一応全員が座るだけの余地はある。座っていれば多少は体も休まるし、眠れなくともうとうとくらいはできるはず。


 まさか村人たちも、救助先で快適なキャンプができるなどとは思っていないだろう。

 冬も終わりだとは言いつつも、未だ夜間は気温マイナス二十度近い。風雨がしのげて火に当たれる場所があるだけ、御の字と言うものである。


「雪の気配がないのは運が良かったな。風も落ち着いて、このぶんだと吹雪もないだろう」


 とは、一通り薬湯を配り終えたらしいスレンである。

 彼は今も吐き気の治まらない私の横に来ると、ちらりとテントに視線を向けた。


「このテントだと雪の重みに耐えられないだろうからな。吹雪こうものなら吹き飛ばされかねない」

おえ(そうなの)……?」

「当たり前だ。テントの重みが足りないし、そもそも骨組みがなくて造りが弱すぎる。天幕も薄すぎて熱がこもらないから、今より寒かったら危なかった。冬越えの装備じゃないな、これは」

おええ(そうなんだ)…………」


 これ、一応寒冷地仕様のテントなんだけどな。ノートリオ領に入る前に隣領で購入したもので、私が見た中では一番頑丈で防寒性能の高いものだった。

 まあでも、所詮は通常の寒冷地仕様だ。天幕に使われている革は厚手だけれど、残念ながら外気を完全には防げない。外の冷気が天幕越しに中に入ってくるせいで、テントの端にいる人々はみんなマントを羽織っていた。


 持っててよかった謎マント。本当に、なんでも詰め込んでみるものである。


「吐き気で会話するなよ……」


 吐き気で会話が成立しちゃってるからね。


「……まあいいけど。中は落ち着いたようだし、あとは馬だな。ちょっと草を食わせに出てくる」

「おえ?」


 草? そんなもの荷物に積んでたっけ?


 なんでも詰め込むと言いつつ、思えば馬の食糧を忘れていた。

 というかそもそも、旅の常識的に馬の食糧は現地調達が基本なんだよね。


 なんといっても、馬は体格が大きく燃費が悪い草食動物。彼らの食糧も荷物に詰め込もうと思うと、とにかくかさばって仕方がないのだ。

 どうせどこの国も、今は馬が移動の基本。旅で出向くような場所では、厩がない方が珍しい。藁の一束も手に入らない状況は滅多にない。


 そうでなくとも、馬の食糧はそこらへんの草。真冬でもない限り、適当につないでおけば勝手に食事をとってくれるものだ。


 しかし残念、現在は冬。そして毒草の生い茂るノートリオ領なのである。


 ――うーん、迂闊だったわ。隣領からこっちに来る時は、ちゃんと牧草を買っておいたのに。


 おかげで馬車が狭くて仕方なかった。なにせ都合六頭分。しかも寄り道する気満々だったので、三日分くらいは積んでいた。もう王女を乗せた馬車ではなく、完全に牧場用の荷馬車である――。


 というのは置いておいて。


「草なんて積んでるわけないだろ。そうじゃなくて、雪の下の枯草を食わせに行くんだ。他の土地じゃ知らないが、このあたりは寒くて春まで枯草が腐らないからな」

「おえ」


 なるほど? でもそれって毒草では?


「毒草が多いってだけだ。獣が食む草はある。このあたりで生きる獣は、みんなそれを知っている」

「おえ」


 ふーむ。それは前に私も考えたことがあった。

 魔物以外の普通の野生動物がいる以上、首狩り草以外にも食べられる草はあるのだろう、と。

 問題はどれが食べられるか私たちには判別がつかず、判別をつけるためには毒を覚悟で齧ってみるしかないということだ。


「食える食えないは馬自身が知っている。だが、お前たちの馬はよそ者だから知らないだろう? だから、ついでに連れて行ってやる。同じ種類の草はある程度同じ場所に固まって生えているから、そのあたりのを食えば多少は安全だ」


 確実じゃないがな、とスレンは言い添える。

 まあ、群生しているにしたって、他の草まで駆逐されるわけじゃないからね。毒草も多少は齧ってしまうことだろう。


 でも、馬の体格なら多少口にしても大きな影響は出ないだろう。

 瘴気への耐性は体質次第、とは言うものの、単純な体格にも影響する。基本的に、体が大きければ大きいほど瘴気毒は効きにくい。一番大きなランドンが倒れている今説得力は皆無だけれど、そういうものなのだ。


 まあ、要するにこのあたりは普通の毒と変わりない。

 熊に麻酔が効きにくいのと同じ理屈。相手の体に合った量の毒が必要なのである。


「ついでに、水も飲ませてやってくる。ここから少し離れたところに、瘴気の影響のない湧き水があったはずだ。必要なら、お前たちのぶんも汲んでくるが?」

「おえおえ」


 よろしく。トビーを温めるためと全員分の薬湯で、持ってきた水も結構消費しちゃったしね。水が尽きたというわけではないけれど、追加で汲めるならありがたい。

 やっぱりこういうとき、現地住民は頼りになるね。


「おう。……って、なんで会話が成り立ってんだよ」


 成立させている張本人がなにを言う。






 などと、スレンが私との会話――会話? に、がっくりと項垂れたときだった。


 聞こえたのは、裏返ったようなアーサーの叫び声。慌てたように口にする、「トビー君!」という言葉。

 反射的に視線を向ければ、手足をぬるま湯で暖められながら横たわるトビーが見える。

 揺れる火の傍でマントにくるまれ、仰向けのまま眠り続けていたトビー。

 そのまぶたが、今はわずかに――かすかに開いていた。


 目は虚ろだ。どこを見ているのかわからない。唇は震えて、カチカチと小さな歯の鳴る音がする。

 いつの間にか、周囲は静まり返っていた。

 瘴気でぐったりとしていた村人たちも、顔をあげてじっとトビーを見つめている。


 それが、見えているのかいないのか。トビーは震える唇をこじ開け――。


「………………ママ。あれ、ここ、どこ…………?」


 呆けたような、だけど思いのほかしっかりとした声で、不思議そうにつぶやいた。



 〇



 トビーの目覚めに、テントの空気はにわかに活気づいた。


「――坊主! お前、この……! 心配かけやがって!」

「一人で飛び出すなんて、無茶しやがって! なにかあったらどうするつもりだ!」

「お前がいなくなったら、エリンが一人になっちまうんだぞ!」

「もう……もう……生きててよがっだぁああ……!!」


 村人たちは自分の具合の悪さも忘れ、呆けるトビーに詰め掛ける。

 モーリスは涙ぐみ、人々は口々に声をかけ、テントの外ではベアトリスまでもが呼びかけるようにヒヒンと鳴く。


「ま、まあまあ、みなさん! トビー君はまだ目を覚ましたばかりですから! あ、安静にしないと……!」


 とアーサーが慌てて追い払わなければ、危うく収拾が付かなくなるところだ。

 追い散らされた人々は、それでも表情を明るくし、トビーの無事を悪態交じりに喜び合う。


「まったく、たいした奴だよ。この雪の中を、一人でこんなところまで来るなんて」

「しかも、あの甘ったれの坊主がだ。いくらエリンのためとはいえ、わがまま坊主がここまでするなんてなあ」

「蛮族――じゃなくて、ええと、なんつーんだ? 先住民? の集落まで行ったところで、薬が手に入るかもわからねえのに。金がなけりゃ、行商人も売っちゃくれねえだろ」


 その村人のうちの一人が、ちらりとこちら――というより、スレンを見る。

 どうやら蛮族と言ったことを気にしているらしい。スレンが気にしてないと言いたげに肩を竦め、ついでにとばかりに口を挟んだ。


「そうとは限らないと思うぞ」

「話くらいは聞くと思うわよ」


 ついでのついでに、私も口を挟んだ。

 まだちょっと気持ち悪いけど、なんとか挟めるくらいには回復した。


 話をしていた村人たちは、私たちの反応に「どういうことだ?」と首を傾げる。

 その疑問に、私とスレンはほぼ同時に答えた。


「だって――――」


 そう、同時。

 ほとんど声を揃えて、私たちはこんなことを言ったのだ。


「長が、俺たちとお前らの世話代として謝礼をたっぷり渡しているからな」

「私が、村と集落を助ける手間賃として報酬をたっぷり渡しているものね」


 つまりこっちは上客だ。トビー自身は金が無くとも、その背後には私や族長といった金払いのいい客が控えているわけで――――。


 ………………………………………………。




 ん?????????


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― 新着の感想 ―
つまりアルドゥンはたんまり儲けたと。 そして互いが互いのグループを気にかけてたと。 てか、スレンの派遣からの食糧支援だけじゃなかったのね。
おええ
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