43.【イベント】いなくなった村の子供を捜せ!(11)
トビーは生きていた。
雪に埋もれて意識を失ってはいるものの、どうやら呼吸は止まっていないらしい。触れれば、かすかながら鼓動も感じられた。
だけど、あまり楽観視できる状況ではなさそうだった。
体が冷え切っていて、呼吸が浅い。ひっくり返して頬を叩いてみるけれど、目を覚ます様子もない。顔は血の気が引いていて、青いというより真っ白だった。
――とにかく、まずは引き上げないと……!
私はトビーの体に腕を回すと、スレンに合図をしようと顏を上げた。
私一人の力では、とうていトビーを抱えて傾斜を上っては行けない。ロープで引っ張り上げてもらう必要があるのだ。
そう思って、声を上げようとしたけれど――――。
「――――――うわっ!?」
それよりも先に、地面が揺れた。
なに、とは思わない。なにせ原因には大いに心当たりがあるのだ。
――――うっそでしょ!? 今!? このタイミングで!?!!!???
もっとも、心当たりがあるからと言って驚かないかどうかと言えば話は別。
慌ててトビーを抱え直し、私は噴出孔へと視線を向けた。
まさかまさかと思うのに、噴出口からは湯気が上る。
少し前よりも、量が多くなっているのは明らかだった。
――さっきまで兆候すらなかったのに……!
いくらなんでも、噴出の兆候があったら私も滑り降りてはいない。まだ噴出は先だろうと思ったから、その前にトビーを助け出そうと思ったのだ。
だというのに、まさに救出真っ最中にこの状況。いやたしかにゲームならよくあることではあるけれど、現実でこれはクソゲーすぎる。
などと内心で悪態をつく間にも、蒸気は増して瘴気は濃くなっていく。びりびりと肌を痺れさせる瘴気の感覚に、ぞっと背筋に悪寒が走った。
――――やっば…………!!
これは本当にヤバいやつだ。思わず口調が乱れるくらいにヤバい。
瘴気が一気に濃さを増している。今の時点で、もう真冬の瘴気より濃いくらいだ。
だけどそれ以上に、小刻みに起きる地面の揺れの方がヤバかった。
急傾斜で立っていられず、思わず膝をつく私の足元。脆くて崩れやすくなっている雪が、動いている。
すべり落ちようとしているのだ。
今まさに大きく口を開けた、煮えたぎる噴出口の中へと。
――に、逃げなきゃ……!
とはいえ、どうやって? 私一人ならまだしも、トビーがいるのに?
いや私一人でも、雪崩れる雪に逆らうのは不可能だ。上から引っ張り上げてもらう他にない。
――早く、合図を……!
そう思って声を出そうにも、目の前が蒸気にけぶる。濃厚な瘴気が、一瞬目の前をくらませた。
同時に、出立前に聞いたスレンの言葉を思い出す。
『熱水が噴き出す前後はかなり危険だ』と、彼は確かそう言っていたはずだ。
『下手に吸うと、俺たちでも一瞬で意識を持っていかれかねない』、とも。
――まっず……!
背筋にひやりと冷たいものが走る。
まずい。これはまずい。さすがにまずい。
ここで大声を上げようと息を吸えば、意識を失ってゲームオーバー。命綱のある私はともかく、私が掴んでいるだけのトビーは助からない。
だけど息も吸えない状態で、スレンの居場所まで聞こえるほど声を張り上げることはできない。身振りで訴えようにも、蒸気が増して視界も悪くなっている。
そして、このまま黙っているだけでは、噴き出す熱水の直撃を喰らうことになる。
熱水を浴びればただでは済まない。というよりも、まず間違いなく全身火傷で死亡である。
――どうする、どうする!? 周りにいる男衆も避難させないとまずいでしょう!!??
これだけの濃さでは、周縁部にいても気を失いかねないはずだ。
噴出口に向かってはゆるい傾斜がある。うかつに倒れてしまっては、転がり落ちる危険性だってある。
だけど――だけど、どうしようもない。
だってもう、雪崩が起き始めてしまっている。
万事休す。もはや私にはなにもできない。終わりというのは案外呆気ないものだ。
ここは見捨てる判断が正解だったか。それともなにか、打つ手が足りていなかったのか。
うーん、無念。ここまで案外、いい線行っていたと思うんだけどな――――――。
「――――――力を抜くな、馬鹿! お前、自分で飛び込んだんだろうが!!!!」
濃厚な瘴気に意識が消える寸前、響いたのは叱咤の声だ。
はっと我に返れば、抱えた腕からトビーが落ちかけているところ。危ういところで抱え直すと、私は声へと振り返った。
「ちゃんとその子供を掴んでいろ! 絶対に手を離すなよ――――」
けぶる蒸気の間から見えるのは、真っ白な世界にひときわ目立つ黒い影。
崩れる雪に逆らい、ロープを片手に滑るように下りてくるスレンが――――。
「――――――――アレク!!!!!」
そう叫びながら、私に向けてまっすぐに手を伸ばした。
………………。
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って、今、私のこと呼び捨てにした!?!!!!???!?!?!?




