43.【イベント】いなくなった村の子供を捜せ!(7)
「――――その間欠泉、噴出の間隔はどのくらいかわかる?」
地図上で距離を測りながら、私はスレンに問いかける。
間欠泉は、比較的村に近い場所だ。地図上の距離だけで見れば、徒歩で三、四時間という程度。厄介なのは横たわる湖で、このせいで数時間ほどの大回りをさせられる。
だけど湖が凍っているのであれば、雪の中でもそう時間はかからないだろう。概算、馬で三時間というくらいか。もしもトビーが日の出とともに村を出ていた場合、ちょうど今頃倒れていることになる。
それをこちらが追いかける。湖ならそりも走りやすく、そこまでトビーに遅れを取らないだろう。
だいたい三時間強として、そこから捜索を開始。間欠泉の噴出範囲を考えると――最短で、一時間。発見まで、早くて四時間強くらいだろうか。
――…………なかなか厳しい時間ね。
厳しいけれど――助けられなくもない時間だ。
四時間ならば凍死している可能性はまだ低い。倒れた場所次第では、凍傷程度で済むかもしれない。
そうなると気になるのは、どちらかといえば間欠泉そのものの方だった。
間欠泉は、定期的に蒸気や水を噴き出す噴出口。もしも穴の中に落ちていたら助からない。あるいは穴の中ではなくとも、その傍にいるだけで危険がある。
間欠泉から吹きあがるのは熱水だ。瘴気とは無関係に、直撃をすれば命がない。
「……俺たちも、正確な時間はわからない。もう察しているだろうから言うが、俺たちももともとこのあたりに住んでいたわけではない」
私の問いに、スレンが苦い顔をする。
言われてみれば、彼らももとはよそ者だ。以前はどこに住んでいたか知らないけれど、ノートリオ領は広い。他国領である聖地全域を含めれば、そこらの小国など目ではないほどの広さを持つ。
いかに先住民であっても、聖地全土を熟知しているわけではない。不慣れな土地の危険な場所となれば、なおさらだろう。
「ただ……そう頻繁ではなかったはずだ。一度噴き出せば次の噴出までは相当な時間がある。――前に近くを通ったとき、安全のために噴出を待つことにしたが、その時はかなり待った。たぶん、三、四時間くらいか。大回りをした方が早かったと集落じゃ笑い話になっている」
「いい情報ね。助かるわ」
つまり三、四時間以上は噴出に間があるということだ。
私たちが現場に到着するまで概算三時間。運が良ければ、噴出が起きる前にトビーを助け出すことができる。
問題は、それまでトビーが生きているかという方だけど――。
「瘴気の濃さはどのくらい? 吸っただけで死ぬってほどじゃないのよね?」
「そこまでではない。近くを通れるくらいだ。濃いと言ってもすぐに通り抜ける程度なら体に影響もない」
逆に言うと、長居をするのはあまり安全ではないくらいには濃い、ということだ。
つまりは探索の時間制限。状況次第では、以前のモーリス捜索と同じように時間を測る必要があるだろう。
ふむ、と頷く私に、スレンはさらに言い加える。
「ただし、熱水が噴き出す前後はかなり危険だ。地下に溜まっている瘴気が一気にあふれ出す。下手に吸うと俺たちでも一瞬で意識を持っていかれかねない」
おっとかなり危険な情報。聞いておいてよかった。
うっかり噴出直前で意識を持っていかれたら、そのまま逃げる間もなく熱水の餌食だ。あまりギリギリで活動せず、噴出の兆候が見えたら作業中断。すぐに退避させるべきだろう。
となると、これも聞いておかなければならない。
「噴出する前ってわかる?」
「なんとなくはな。蒸気が増えて、瘴気が濃くなる感覚がある。肌が痺れたら逃げた方がいい」
オーケーオーケー。そこまでわかれば十分だ。
引き際がわかれば村人の安全は保障できる。あまりこう言いたくはないけれど、噴出が起きてしまえば、村人たちも諦めがつくだろう。
もちろん、こちらとしてはトビーも含めて全員助けるつもりでいる。
ならば助かった後の準備も必要だろう。
すなわち今度は医者がいる。
トビーを助けられたとして、まず間違いなく凍傷か火傷の手当てをすることになるからだ。
この辺りの治療は時間が命。屋敷に戻って手当をしている時間はない。その場で処置ができるよう準備しておかなければならない。
瘴気を吸っているとなると、首狩り草の用意もいるだろう。薬茶にするための道具も持っていくべきだろう。湯を沸かす道具、体を温めるための乾いた布、服が濡れていた時のための着替え。他にもいろいろと用意がいる。
体感時間はもうすぐ三十分。村人たちは、まだ出発の準備ができたと言って来ない。
おそらくそりの準備に手間取っているのだろう、と考えると、そろそろこちらの手伝いも必要か。
私は地図をたたむと、ちらりとスレンに視線を向けた。
「話し合いはここまで。悪いけど、あなたにも捜索に協力してもらうわ」
スレンは客人ではあるものの、族長から寄越されたヘルプでもある。
無謀な捜索に付き合わせるつもりはなかったけれど、こうなってくると話は別だ。私の要請に、スレンも心得たように頷きを返してくれる。
「わかっている。最初からそのつもりだ」
これで方針は固まった。これから村人たちを引き連れて、湖を横切り間欠泉まで行く。
捜索のタイムリミットは間欠泉の噴出まで。間に合わなければトビーの命はない。
助けられる公算は高くない。
だけど、決してゼロではない。
ならばこれは、奇跡に縋った捨て身の捜索とはわけが違う。
私は大きく息を吸い込むと、冷たい寒空へ向けて宣言した。
「――――さあ、トビーを助けに行くわよ!」
これは、全員で生きて帰るための『救出作戦』だ。
春まではもう間もなく。きっとこれが、この冬最後の大一番。
それを悲劇で終わらせるつもりなど、さらさらなかった。




