43.【イベント】いなくなった村の子供を捜せ!(4)
私の言葉に、ヘレナとスレンが揃ってぎょっと目を剝いた。
「お前、だから早まるなって言ってるだろ! よく考えろって!!」
「殿下! 早まらないでください!! 考えなくても無茶ですよ!!」
あーあーあーあー、聞こえない聞こえない。
というかこの二人、けっこうリアクションが似てるよね。
たぶん二人とも常識人だからなのだろう。主に、私に対する制止のかけ方がそっくりである。
だけど今は、常識うんぬんは言っていられない。
どう考えても無理としか言いようがないこの状況。打開するには、非常識をまかり通さなければはじまらない。
だいたい、別に私は早まってはいない。
先ほどまでとは違って、今の私は十分に落ち着いている。
ちゃんと落ち着いて、ろくでもないことを考えているだけだ。
「大丈夫よ。無謀なことをさせるつもりはないわ」
まだまだワーワー言いそうな二人に、私は肩を竦めてみせた。
ついでにフフンと鼻も鳴らす。顔に浮かべるのは、もったいぶったような余裕の表情だ。
「実を言うと、もとから考えはあったのよ。ただ、あまりに危険すぎるから判断に迷っていたの。……でも、ここまで本気なら仕方ないわね」
「考え…………?」
と眉をしかめたのはスレンの方。嫌な予感に顔を青ざめさせたのはヘレナの方。
さすが、ヘレナは付き合いが長いだけのことはある。たぶん彼女は、私の『考え』がなんなのかを理解している。
しかし、そんなものは村人たちの知ったこっちゃない。
彼らは呆気にとられたように、ぽかんと言葉を交わし合った。
「考えがある?」「本当か?」「いや、でもあの王女の言うことだぞ」「なにかきっと、とんでもねえ策があるに違いねえ……!」「ついでに、とんでもねえことをやらされるにも違いねえ……」等々。
ううん、意外と私、信頼がある。
なんだかんだで、ここまで村を存続させたことを評価してくれているのか。彼らは不安半分、期待半分に私を見る。
その期待に応えるように、私は笑みを浮かべてみせた。
もちろん私には、トビーを助けるためのとんでもない策が――――ない。
今の私には、トビーを助ける案などなにも思い浮かんではいない。空っぽも空っぽ。白紙である。
だって時間がないからね。トビーのことは考えている余裕もない。
でも、『行く』しかない。だとしたら、最初にするべきはなんだろうか?
そう考えると、やるべきことは見えてくる。
――確定しているのは、助けに『行く』こと。『村人全員を生かす』こと。
ここで重要なのは、『トビーを助けること』ではない点だ。
どうせ考えが浮かばないのなら、いったんトビーは後回し。まずは『救出に向かう村人たち』の安全確保を最優先。
すなわち、今まさに飛び出しかねない村人たちを制すること。
ここで案があると思わせ、勝手な行動を取らせないこと。
助けられるという希望を見せて、焦らず入念に出立の準備をさせること、だ。
だから私は、含みを持たせて唇の端を吊り上げる。
「本当に危険なことよ? きちんと準備をしないと、トビーどころかあなたたちまで助からない。――――それでも行くのなら、私の指示に従いなさい。勝手な行動を取ったら、その時点で失敗と思って間違いないわ」
これはトビーのためではなく、村人たちが生存するための『策』。
だけどそんなことは、村人たちには気取らせない。
薄く笑みを浮かべて村人たちを見回せば、彼らは顏を見合わせた。
戸惑い、不安、疑念と期待。村人たちは、さまざまな感情を見交わし――――。
それらすべてを呑み込むように息を呑むと、彼らの一人がこう言った。
「…………わかった。あんたを信用するよ、王女さん。あんたの言う通りにすれば、トビーを助けられるんだな?」
確かめるような言葉に、私は躊躇なく頷いてみせた。
〇
村人たちに準備をさせるのは、外での活動に耐えられるだけの装備だ。
防寒具、ランタン、ロープ、いざというときのための野営の用意、食糧、水、マント、地図に磁石。他にも思いつくものをすべて。
もちろん、これだけのものを持って徒歩での移動は不可能だ。
そもそも、トビーは馬に乗って移動中。今から普通に追いかけていても間に合わない。
となれば、こちらも馬がいる。
ただし馬には限りがあり、村人がそれぞれ騎乗するのは難しい。さらに荷物も運ぶとなると、馬に引かせる乗り物も必要になるだろう。
三月も半ばを過ぎ、積もる雪もだいぶ薄くなったものの、まだ馬車を動かすのは難しい。
なので馬車の代わりに、スレンが引いてきたそりを借りることにする。単純に馬に乗るより遅くなってしまうだろうが、それでも徒歩よりは早く移動できるはずだ。
「そりを使うのか? それなら俺が――――」
と指示出しの途中でスレンが腰を浮かしたけれど、そちらはいったん引き留める。
村人はそりの扱いに慣れておらず、少々準備に手間取るだろうが、まあまあ、まあまあまあまあ。
「悪いけど、あなたには残ってもらうわ。ちょっと頼みたいことがあるの」
「…………頼み? なんだ?」
うん、まあ、ちょっとね。
スレンが訝しげな顏をするのは置いておいて、残るヘレナと護衛たちにも指示を出す。
護衛は四人中、三人が復帰。うち一人は行商人アルドゥンの道案内のために不在のため、動けるのは二人だけ。
彼らにも、もちろんトビーの捜索に出てもらう。自分の乗騎がいる彼らには、先行して道の確保をしてもらいたい。魔物と遭遇する危険性もあるので、武器の準備もする必要があるだろう。
ヘレナには、授業で使っていたという地図をざっと再現してもらい、それからは村人たちの準備の手伝いをしてもらう。私を残して部屋を出るのに不安そうな顔をしていたけれど、こちらもまあまあ、まあまあまあ。
準備するものも多いし、今は一刻を争う事態だからね。
そんなこんなで一通りの指示を出し切り、スレン以外の全員を追い出した執務室。
階下で慌ただしい足音が響く中、すっかり静かになったその部屋で、スレンは怪訝な顔をした。
「…………なんだよ、頼みって」
口にするのは、当然の疑問である。
この状況でなにを相談するのか。そもそもどうして自分一人が部屋に残されたのか。どう考えても、そりの準備を手伝った方が良かったのではないか。
そんなことを、きっと考えているのだろう。彼は不審そうな顔で私をねめつける。
一方、私はそんな彼に大きく胸を張った。
「ないわ」
「は?」
「頼みたいことは特にないわ。単に時間稼ぎをしたかっただけ」
「は??」
「だってあなたが手伝ったら、準備が早く終わるでしょう。そりが一番時間がかかるのだから、少しでも遅らせたかったのよ」
「はあ????」
さて、さてさてさて。
村人たちの安全確保は最優先事項。だからといって、他の事項を無視するつもりは決してない。
村人たちに迫られているあの場では、考えるための『時間』がなかった。
開拓ゲームにあるまじき、掟破りのQTE。シミュレーションゲーマー泣かせのこのイベントで私が選択したのは村人の安全確保と、それに伴う準備時間の捻出だ。
スレンに言われて、短い時間で考え出したろくでもないことはここから。
私は椅子に座り直すと、戸惑うスレンの顔を見上げた。
「――――さあ」
村人たちは出立の準備に四苦八苦。どれほど急いでも、おそらく三十分はかかるだろう。
つまり、今の私にはこれだけの時間が手元にあるということだ。
村人たちに邪魔されない。勝手に飛び出される心配もない。余計な横やりの入らない、じっくり腰を据えて考えられるだけの時間が。
「作戦会議よ、スレン。――今から、どうやってトビーを助けられるかを考えましょう」
私が言えば、スレンが「信じられない」と言いたげに顔を強張らせた。
 




