42.おや? なんだか村が騒がしいようだぞ?
「――――王女さん! 大変だ!!!!」
ほいフラグ回収。
エリンが倒れた翌朝。昨夜の雪こそ止んだものの、久々に風が出て、積もった雪を巻き上げる視界の悪い日。
ヘレナによって身支度を整えられ、さてそろそろ朝食でもと思っていた私のもとに飛び込んできたのは、血相を変えた村人の声だった。
場所は領主屋敷三階、領主の部屋。
ノックもせずに扉を開け放った村人の無礼はさて置いて、私は思わず頭に手を当てる。
フラグを立ててから回収までが早すぎる。もしかして呪われているのは、村じゃなくて私の方なんだろうか。余計なフラグを立てたばかりに、事件を呼び込んでいる可能性が?
だって、うーん、昨日の様子だと、本当にエリンは大丈夫だと思ったんだよね。
なぜ、と言われると困るんだけど、強いて言えば単なる勘。もう少し強いるなら、アーサーの態度にピンと来なかったから――だろうか。
あの瘴気大好きアーサーが、エリンの様子に興奮していなかった。瘴気による病気再発の可能性もあるのに、落ち着いた態度でモーリスや村人たちに指示を出していた。
これ、たぶんアーサー自身が、再発の可能性が低いと思っていたからなのではないだろうか。
エリンの発熱には別の原因がある可能性が高いと考えていて、あまりテンションが上がらなかったんじゃなかろうか。
そして、別の原因として考えられるのは――いや、いや。さすがにここから先は憶測がすぎる。デリケートな話ではあるし、未確定の状態で勝手に決めつけるわけにもいかない。
そういうわけで、昨日は様子を見ようと思ったのだけど。
――当てにならないわね、私の勘……!
ううん、病気の件はひと段落して、ここからは別のイベントが進行しているのだと思っていたんだけどなあ。
これなら、昨日のうちにせめてスレンに出立の準備をさせておくべきだった。
そうすれば早朝には村を出て、最短で薬を持ち帰ることができたのに。
などと今さら悔いても仕方がない。なってしまったものはなってしまったのだ。
私は一瞬の間に駆け巡った後悔を頭から払い、部屋に踏み込む村人へと目を向ける。
今はとにかく、状況を正確に把握することが最優先である。
「エリンになにかあったのね? 容体はどう? アーサーはなんて――」
「いいや、ちげえ! エリンのことじゃねえんだ!!」
おっと?
これまた予想外。
それじゃあ、まったく別件で病人でも出たのだろうか。それとも、最近妙に興奮しているらしい馬たちに蹴られて、怪我人でも出てしまったのか。
いったいなにがあったのか、と首を傾げる私に、村人はもどかしそうに叫んだ。
「あの坊主が……トビーが、いなくなっちまったんだ!!!!」
…………………………。
ああああああああああああああああ!! そっち!!!!
〇
部屋に飛び込んできた村人曰く。
昨日、病室を追い出されたトビーは村の女衆たちの部屋に招かれ、慰められながら眠りについたという。
病室を出たときにはすでに夜。子供は眠っている時間。案外すぐに寝息を立て始めたトビーのことを、周囲も疑問に思うことはなかったらしい。
いつもべったりの母親が倒れて、きっとトビーも参っていたのだろう。駄々をこねる余裕もないほど気が滅入っていたのだろう。涙すらも出ないほど辛いのだろう。
わがまま勝手で甘ったれなトビーのいつにない態度も、状況が状況だけに奇妙には感じなかった。それだけ気落ちしているのだろうと勝手に納得し、素直に寝てくれたのにむしろほっとしていたくらいだったそうだ。
心配して様子を見ていた女衆も、ぐっすり眠るトビーの姿に油断した。
新たな不安の発覚に、気が滅入っていたのは彼女たちも同じ。気疲れもあってか、トビーが寝入ってから少しして、彼女たちもまた順々に眠りについていった。
そして朝。女衆が目を覚ました時には、すっかりトビーの姿はなくなっていたのである。
〇
うーん、なるほど。なるほどね。
エリンは大丈夫だという私の勘は、そう間違ってはいなかったね。
別のイベントの入り口だろうというのも、悪くない読みだったよね。
だけど、ここでトビーを気にかけられなかったのは大失態。二人の関係を考えれば、彼が大人しくしているのは明らかに異常なことだった。
現在、村人たちが必死で屋敷内を捜して回っていると言うけれど、私の当てにならない勘がやはり告げている。
たぶん、トビーはもうこの屋敷にはいないだろう。
彼は大人たちの目を盗み、屋敷の外へ出て行ってしまったのだ。
先住民たちの集落を目指し、行商人から薬をもらうために。




