40.危機を乗り越えた村を見て回ろう(4)
とはいえ、これでようやく本題である。
本日の本命、村の様子の確認。余計な荷物がくっついて来てしまったものの、まあもともと今日は大それたことができるとは思っていなかった。
なにせ私も復活初日。ヘレナからざっくりと話を聞いてはいるけれど、具体的な村の状況はまだよくわかっていない。これでは、やらかそうと思ってもやらかせないのである。
なのでまずは、村の状況の把握。村人たちはどれだけ回復して、村の機能はどれだけ復旧して、今の時点でなにができていて、なにができていないのか。差し迫った問題点と、今後問題になるだろう懸念点。あとはせいぜい、行商人アルドゥンの言う『やらかし』の痕跡を探してみるくらい。
時間的にも私の体力的にも、今日のところはこのくらいが限度だろう。
私もまだ回復初日。さすがに無茶をするには早すぎる。食糧的にもあと数日は余裕があるらしいし、急ぎの用件もなさそうだし、スレンもいるしということで、ここはちょっくら肩慣らし。
村人たちへの顔見せがてら、無理せずさらっと村を回ることにいたしましょう。
そういうわけで、気楽にさっくり行ってみよー!
「――おや、領主さん! もう歩いても大丈夫なのかい? 元気? そりゃよかった! それじゃあちょっと寄っていきな! 今みんな倒れていて人手が足りないんだ。食事を運ぶのを手伝っておくれ!」
「――おっと、領主さん! 目が覚めたとは聞いていたが、なんだい思ったより元気そうだな? それならちょっとこっちに来てくれないか。狩りの再開の相談をしていたんだが、困っていることがあったんだ!」
「――あらー、スレン君に王女様! 二人でどうしたの? 見回り? 村の様子見? あたしらの体調の確認? それならこっちでお茶でもしがてら話しましょうよ!」
「――ああ、殿下! お元気そうなら手伝ってください~~~~!! 病人が多すぎて手が足りなくて……えっ、なんで最初に倒れたくせに一番元気なのかって? せっかく瘴気の病気が蔓延していて、寝てる暇ないじゃないですか!!!!!! 肝心なときに倒れたのは不覚ですが、今のうちに残る病状をすべて記録に残しておかないと!!!!! あっ、殿下は軽症の方のほうをお願いしますね僕はまだ症状の残っている方を優先して研究いや診察をしてきますので!!!!」
「――おやまあスレン君、王女様と一緒でどうしたんだい? 暇なら力仕事を手伝っていってくれないかい? えっ、忙しい? いいからいいから、ちょっとだけでも手伝っておくれ!!」
「――王女さまー! あーそーぼー!!」
「――あらまあ、スレン君じゃない! 相変わらず可愛い顔して! え? ほっとけ? まあまあ、まあまあ、ツンツンしちゃって! いいからおばちゃんたちとお茶して行きなさいよ! さあさあ、遠慮しないでホラ!!」
さっくり(瀕死)。
「――――は、半分も見て回れなかったわ……!」
スレンを伴い、階下に降りたのは朝のこと。
軽く顔を見せて回るつもりが、村人たちに捕まりに捕まって数時間。どうにか逃げ込んだ薄暗い遊戯室で、私はほうほうのていで膝をついていた。
窓を見ればすでに午後。それどころか、もう夕暮れに一歩足を踏み込んでいる時間帯。北向きの遊戯室の窓から太陽は見えないけれど、落ちる影から相当日が傾いているのが見てとれる。
いやあ……恐ろしいほど見て回れなかった。歩くだけでどんどん人が寄ってくるから、後半は顔見せどころか、顔を見せないようにこっそり様子を窺っていたくらいだ。
それでも来るわ来るわ村人たち。時間がないと言っても『いいからいいから』と引っ張られ、あれやこれやと付き合わされては、隙を見て逃げるの繰り返し。病み上がりの体には、さすがに無理がありすぎる。
同行していたスレンさえも疲れた様子で、肩で息をしながら私を恨めしげに睨みつけた。
「お前、どれだけ村人に呼び止められるんだよ……!?」
「いや、半分はスレン目当てだったでしょ」
そんな目で睨まれても困る。
というか、スレンってやっぱり年上に可愛がられるタイプなんだね。
――まあ、顔は良いものね。それにスレンくらいの年頃って、村にはいないし。
スレンの実年齢は知らないけれど、見た目からして十代後半。二十後半以上か十二歳以下か、という年齢の偏ったこの村において、彼は案外珍しい存在だ。
村では蛮族と恐れられる先住民ではあるものの、顔が良いとは得なもの。たぶんこの顔と、少年と青年の中間くらいの青臭い年齢、さらには滲み出る『ひよっこ』オーラによって恐怖心が緩和され、特に構いたがりのお姉様方の気を引いてしまったのだろう。
しかしまあ、これ自体は悪いこととは言い難い。
スレン自身は不本意そうだけど、これで村人が先住民に慣れてくれるなら、むしろ私としては万々歳だ。
今後も彼らと付き合っていく予定なのに、いつまでも慣れないままだと困るからね。村で実際の先住民であるスレンを見て、案外自分たちと変わらないのだと思ってくれたならなによりである。
それよりも、問題は今日の進捗だ。
さっくり見て回るつもりが、村人たちの大暴走。このまま外に出たら、またすぐに誰かに捕まってしまうだろう。
急ぎの用件はないとはいえ、そんなにもたもたしていられるほど余裕があるわけでもなし。せめて今日中に村人の顔くらいは全員見て回りたかったのだけども、これではどうにもしようがない。
「そもそも、なんでみんな私に手伝わせたがるのよ……」
いや人手不足なのはわかるけどね。
逃げ回りつつも村をチラ見した感じ、村人たちはおおよそ回復傾向にはあるものの、完全復帰している人間は半数程度だ。
もともと罹患が遅く軽症だったマーサたち。他より体力があったであろう狩人たちや護衛たち。倒れるのも早いけれど、回復も早い子供たち。なぜか元気なアーサー他数人。元の通りに職場復帰しているのは彼らくらいだ。
それ以外は、半病人と言ったところ。寝込むほどではないけれど、動き回るのはまだ難しい人々が、村には結構な人数存在するらしかった。
おかげで、元気な人々ほど大忙しだ。食堂に集まって食事もできないので、それぞれの部屋に食事を届けなければならない。看病もしなければならない。動けない人々の代わりに水汲みや薪割りといった仕事もしなければならない。
そのせいで手が足りないというのは、この短い中でもよくわかった。
でもそれ、領主にやらせることじゃなくない?
しかも病み上がりの子供にやらせるのおかしくない?
おまけに『あーそーぼー!』って仕事ですらなくない?
もしかして私、領主としての威厳が足りてない……?
と、ようやく整ってきた息を吐きつつ、愕然と頬を押さえたときだった。
「なんでもなにも、決まっているだろう」
逃げ込んだ遊戯室の奥から声がする。
相変わらず薄暗く、相変らず最低限の火しか焚かない冷たい部屋。
思わず視線を向けた先で、相変わらず無口な偏屈老人トーマスが、革加工の手を止めないままじろりと私を見据えて言った。
「今は大目に見てやれ、新米領主。お前の無事に、村の連中も浮かれているんだ」
その言葉に、私はぱちりと瞬きを返す。
………………浮かれているぅ?




