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40.危機を乗り越えた村を見て回ろう(3)

 射抜くようなスレンの瞳。

 探るようなスレンの言葉。

 ピリ、と張り詰めた空気に内心たじろぎながらも、私はしばし黙考する。


 ………………ええと、もしかしてこれ、非難されてる?

 なんであんな怪しい行商人を集落に潜り込ませたんだ、って暗に言われているやつ?


 ううん、ごもっとも。

 今から考えてみれば、あの行商人から薬だけ買い取っておくと言うのもありだった気がするんだよね。

 まあ、それだと雪に慣れない村人たちがスレンの集落にたどり着けたか怪しいけれど、ここももっとよく考えれば手段が見つけられたように思う。

 結局のところ、つまりは拙速。気が逸りすぎて、選択肢を狭めてしまったのは否めない。


 こうなると、私としては言い訳するしかないわけで。


「……緊急事態だったのよ。他に頼る当てもなかったし、身元を調べる余裕もあの時は――」

「ちげえよ、バカ!」


 馬鹿って言う方が馬鹿なんですけどー!


 そもそも、いったいなにが違うというのか。私の言葉を聞いたスレンは不機嫌そうに顔をしかめ、鋭さそのままに私を睨みつける。


「責めるつもりはねえよ。お前、ほんっとになんでも悪い方向に受け取るな!?」

「慎重派と言ってほしいわね」


 本番環境では下振れ想定が基本中の基本。上振れを想定して楽観視、準備不足でゲームオーバーなんてダサすぎる。せめて最悪の事態に備え、リカバリー案くらいは用意しておくべきだろう。


 まあ、そうやって悪い方に悪い方にと考えてもなお、想定外の事態が起きるものなんですけどね。

 このタイミングで行商人アルドゥンが来たのは不幸中の幸い。下振れもあれば上振れもあるものだけど、やっぱりこれに期待してはいかんのですよ。


「慎重になるべき場面とそうじゃない場面があるだろうが! ああもう、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてな……!」


 ふうん?

 表情の鋭さからして、てっきり非難の意図があるとばかり。

 しかしスレンは、そんな私の予想を裏切るように、荒く頭を掻きつつこう言った。


「あの行商人がいなきゃ、俺たちは全滅していたんだ。今後なにか問題が起きるにしても、そのときはそのときだ。今の時点でとやかく言うつもりはない。――だいたい、余裕がなかったってのは俺にもわかってんだよ」


 ずっと寝込んでただろうが、と言ってスレンが苦々しげに私を見る。

 そんな目で見られる筋合いはないけれど、たしかにそれはその通り。アルドゥンと会話をして以降、私は十日も寝込んでいたらしい。

 そのことは、たぶん実際に寝込んでいた私自身より、数日間それを見てきたスレンの方が実感しているのかもしれない。


「だからこそ、だ」


 私を見据えたまま、スレンは大きく首を振る。

 口にするのは、少しだけ言葉を選んだだけの、先ほどと同じ質問だ。


「余裕がない状況で、どうして俺たちを助けようと思った? 慎重な、お前らしくもない」

「どうして、って。それは――――」


 それは。


 ………………それは?


「助ける理由はなかったはずだ。俺たちの集落は()()()()()()。滅んだところで、誰もお前たちを責めない。妙な『恩』とやらも踏み倒せる。雪が解けてから集落に行けば、食糧や生き残った家畜もいるかもしれない。持って行っても、もう文句を言う人間もいない」

「……………………」

「行商人だって、村から出さない方が良かっただろう。あいつもいくらか売り物の食糧を積んでいる。下手に俺たちを助けるより、その方が得になるはずだ」


 それは――――その通り、だと思う。

 熱に浮かされたあのとき、どこまで考えられていたのかは、私自身も覚えてはいない。


 ただ、選択肢としては確実に存在していたはずだ。

 彼らを助ける助けない、以前の話として。

 ただ、()()()()()()というだけの選択が。


「俺たちを助けることで、余計な問題まで抱え込むかもしれない。お前の得意な『数字』で考えたら、むしろ助けない方が良かったはずだ。なのに――――」


 どうして助けたんだ?


 スレンの問いに、私は瞬く。

 頭の中をひっくり返す。思考を探ってみても、なにもかもスレンの言う通り。今の落ち着いた状況で考えると、あのときの私はやはり考慮不足だったと自分で思う。

 村全体のことを省みていなかった。私自身の体のことも考えられていなかった。族長に恩を売り返せる、とも思い至らなかった。


 たぶん、単に村のことは自分でなんとかできると思ったのだ。

 だけどあの集落は、外部の助けがないとどうしようもない。だから、彼らのことに思い当たった瞬間、私は――――。


「………………咄嗟に?」


 思わず、としか言いようがない。

 正直なところ、そこまで深い理由はない。

 なんとなく、思いついたから、ついやらないといけないと思ってしまった。


 ただ、それだけの理由だ。


 上振れ下振れだの言っておきながら、この詰めの甘さよ。

 意識朦朧がなんのその。こういう咄嗟の判断こそが重要なのに情けない。

 思わず顔をしかめれば、スレンが同じタイミングで呟いた。


「…………そうか」


 その顔に浮かぶ表情は――――表情は…………よくわからない。

 呆れたような、驚いたような、不機嫌なような、むしろご機嫌なような。なんとも複雑な感情の入り混じった顔で、彼はわずかに口を曲げる。


 それから、もう話は終わったと言いたげに息を吐くと、彼は私に背を向けた。

 一歩、二歩と歩き出し、そこで私に振り返る。


「おい、行くぞ」


 急になに? いずこへ?


「屋敷を見て回るんだろう? 病み上がりに一人で歩き回らせるわけにはいかねえよ。途中で倒れられても困るし、ついて行ってやる」

「えっ、いいわよ別に」


 別に危険なことをするわけでもなし。屋敷内をちらっと見て、村の様子を確認するだけだ。

 だいたい、スレンと一緒では好き勝手に動けない。ちらっと見るとは言いつつ、できることならあれやこれや。様子を確認ついでにそれやかれや。せっかくヘレナがいないのだから、今日一日はやりたい放題だと思ったのに!


 という内心を見透かしたように、スレンが私に肩を竦めた。


「よくないだろ。だいたい、お前ひとりだとなにするかわからないだろうが」

「ヘレナみたいなこと言わないでよ!?」


 うーん、監視! 余計なお世話!

 思わず抗議の声を上げれば、彼は今度こそご機嫌そうに、私を見下ろしてにやりと笑った。


 ざまあみろ、の顔である。

 この男…………!!



200話超えお祝いありがとうございます。

いえー200話! すごい!

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― 新着の感想 ―
若いなぁ、スレン。 物事何でも型通りにすっぱり割り切れるもんないし、例外っちゅうもんはいくらでもあるんやけどねぇ。 少なくとも咄嗟に助けるくらいには大事にされてるってとこは伝わってるといいな、うん。…
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