33.悪あがき(2)
はい! はいはいはい!! 仮説、仮説立てます!!!!!!
この病気は、スレンの言う通り瘴気が連れてくるものだとする。
だけど一方で、病気と瘴気は別物だ。まったくの無関係とは言えずとも、瘴気そのものが病気を引き起こすわけではない。
病気とは悪い空気から生じるもの。で、瘴気による病気となると、悪い空気とはイコール病気のことだと考えるのが常識だ。
これがそもそもの勘違い。悪い空気は悪い空気、瘴気は瘴気として、独立して別個に存在する。
今回の病気は、瘴気と悪い空気の双方が関わり合って発生したものなのだ。
だから、この病気に瘴気への耐性があるかないかは関係ない。
どれほど耐性があっても病気にかかるときはかかる。もちろん、耐性がなくても病気にかかる。
ポイントは、おそらく瘴気濃度だろう。瘴気がある一定以上の濃さになると、病気が蔓延するようになってしまうのだ。
そして問題は、今よりはるかに濃度の濃かったピーク時や、今と同じくらいの濃度だった厳冬期初期に、どうして病気が流行らなかったのかという部分。
これもやっぱり憶測だけれど、たぶんここで薬茶の存在が重要になってくる。
厳冬期初期は瘴気濃度の上り坂。これまでにない瘴気の濃さに村人たちは慎重になり、警戒を怠らなかった。
ピーク時は、外に二時間も出れば倒れるほどの高濃度だ。どれほど瘴気に強い耐性があっても、日々の薬茶は手離せない。節約なんてもってのほかだ。
つまり、この時期の村人たちは誰しも多めに薬茶を飲んでいた。
瘴気とは肌に触れ、呼吸をして飲みこむもの。一方、首狩り草の薬茶は体の中の瘴気を吸収して外に出すもの。
たとえ外界の瘴気濃度は病気蔓延の基準を満たしていても、薬茶を飲んでいる間は、村人たちの体内は基準値を下回っていたのである。
――加えて、この時期はまだ体力があったというのもあるわね。思い返せば、病室で咳をしている人も何人か見たわ。
体力があれば、自力で病気に打ち勝つこともできるだろう。打ち勝つ村人が多ければ、病気は勢いを失い感染が広がることもない。
この冬の間は常に危険と隣り合わせだった。それでも、薬茶と体力のおかげでギリギリのところを渡ることができたのである。
それが、厳冬期明けを目前にしたこの時期になって変わってしまった。
首狩り草の在庫が少なくなり、初期は警戒していた瘴気に対しても油断が出た。
瘴気に耐性の強い人間となると特に、無理して薬茶を飲まなくても大丈夫。少ない首狩り草を浪費する必要はない。必要な誰かに渡してやってくれ――となるわけだ。
この結果、病気に感染。初期症状は咳のみなのでさらに油断し『悪い空気』をまき散らし、病気を拡散。
長い冬も後半戦、村人たちの体力はすり減っている。もはや病気に打ち勝つ力もない。
こうして、村には病気が蔓延したのである――――と。
……ど、どうだろうこの仮説。
これなら、アーサーが真っ先に感染した理由も説明がつく。
感染順が、瘴気耐性に強くて普段からお茶を飲む量が少ない人ばかりなのにも納得がいく。
これはむしろ、瘴気に強い人間の方がかかりやすい病気。彼らは薬茶を飲む必要性が少ないがために、体の中の瘴気濃度が濃くなりやすくなってしまうのだ。
瘴気が濃いほど病気が蔓延しやすいのは――病気を生き物だと考えれば説明がつく。
魔物はもちろん、魔物ではないとされる一部の生き物にも、濃い瘴気の中で活性化するものがいる。光に集まる虫、水に集まる虫がいるように、瘴気に集まりやすい虫も少数ながら存在するという。
あんまり詳しくないので自信がないけど、たしか昨今の学説の中には、病気は目に見えない小さな生き物が集まって起こしているという話があるとかなんとか。これが本当なら、瘴気に向かって集まる性質――走光性ならぬ、走瘴気性を持つ病原生物がいてもおかしくはないはずだ。
…………とか考えているあたりで、今さらになってなーんか頭に浮かんできたけれど、前世ではこういうのを『細菌』とか『ウイルス』とか言うんじゃなかったっけ。
なんかの有名なホラーゲームかなにかで、このウイルスがばらまかれてパンデミック、大量のゾンビが! とかあったような? アクションは専門外だからか、どうにも記憶がおぼつかない。
とはいえ、なんとなく名称にはしっくりくる。ウイルス、ポケルス、T-ウイルス。そんなものがあるとしたら?
――もちろん、確証はないわ。ないけど……。
私は医者ではないし、たぶん前世も医者ではなさそうだ。
それでも、実際に起きている事実をつなげて理屈は作れる。
そしてここまで理屈が通ったなら、もう無視をするいわれもない。
というか、無視している場合じゃない。
なにせ今は、ちょっとでもいいから可能性が欲しいのだ!!
そういうわけで、私は思い立った途端に、夜中の屋敷で声を張り上げた。
「――――ヘレナ! ヘレナ!! 来なさい!!!!」
扉を大きく叩いて、咳の止まらない喉を酷使し、私はヘレナを呼びつける。
どうせ彼女のことだから、心配して部屋の近くに控えているに決まっている。
これでいなかったらめちゃくちゃ恥ずかしいけれど、とにもかくにもいると信じて、早口に指示を叫んだ。
「病人に薬茶を飲ませなさい! できるだけ濃く煎じて、できるだけ大量に!! お腹なんていくら壊したってかまわないわ!!!!」
腹痛も下痢も体力を消費する。だけど放っておけば、どうせ高熱で衰弱死だ。
時間を置けば置くほど体力が失われていく今、この手段を試すなら早い方がいい。
どっちにしろ死ぬのなら、やれるだけのことをやってから。
こうなったら思いつく限りの悪あがきをやってやる!!
私の言葉に、やっぱり外にいたらしいヘレナが、「はい!」と慌ただしくに駆け出した。