表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/235

31.急変(2)

 瘴気によって起こる病気というのなら、普通は瘴気に弱い人間の方がかかりやすいはず。

 誰よりも瘴気に強いアーサーは、誰よりも病気にかかりにくいはずではないだろうか。


 瘴気への耐性は、基本的には生まれ持っての体質差だ。

 環境次第で『慣れる』ということはあっても、根本的な性質が大きく変わるわけではない。

 生まれつき病弱な人間がいるように、生まれつきすぐに瘴気に当てられる人間がいる。

 同じように病気にめったにかかりにくい人間がいて、強い瘴気の中でもけろりとしている人間がいる。


 アーサーの耐性は、瘴気研究をする人間にとっては才能と言っていいくらいだ。

 私が見た限り、これまでアーサーが瘴気に当てられたことは一度もない。どれほど瘴気が濃くなろうと平気な顔で外に出て、平気な顔で戻ってくる。

 最も瘴気の濃かった一時期、村のほぼ全員が瘴気に当てられ、倒れるまではいかずとも肌荒れや食欲不振を訴えたときにさえ、『今日は少し肌がピリピリしますね』と笑っていたくらいだ。


 ――薬だってほとんど飲んでいなかったわ。義務として、一日一杯か二杯くらい。


 それも医者が飲まないと示しがつかないからと、私とエリンで無理やり飲ませていただけだ。

 それで平気だった。ここまで問題は起きなかった。挙句最近は、節約のためにと少ない薬茶を飲み控えるようにさえなっていた。

 それでも、彼は平気でいられたのだ。


 ――それなのに、どうして? 瘴気に強いことと病気とは無関係ってこと?


 瘴気に蝕まれて病気が発生するわけではない……のだろうか?

 瘴気そのものと病気は無関係? それじゃあ、瘴気は病気とどう関係があるのだろう?


 だいたい、瘴気と病気が関係あるというのなら、瘴気のピークを過ぎてから病気が流行り出したのが不可解だ。

 瘴気が病気を連れてくる。これが本当なら、一番危険なのは最も瘴気が濃い時期のはず。

 だけど瘴気のピーク時、瘴気に当てられる人間はいても病気を訴える人間はいなかった。


 ――瘴気が濃ければ濃いほどいいってわけではないの? 今くらいの瘴気が病気の流行りやすい濃さということ?


 それはまあ、ありえない話ではないだろう。でも、だとしたら今は瘴気の濃さは下り坂。次第に濃度が低くなっていく時期だ。

 つまり、ピークを迎える前、上り坂の時にも同程度の瘴気濃度の時期があったはず。こちらで病気が流行らなかったのはなぜだろう?


 ただの偶然だろうか。たまたま、今回は運が悪かっただけ? いつでも病気は忍び寄ってきていたのに、幸運にもここまで乗り越えてきた?


 ――わからないわ。共通点もそれほどあるようには見えないし……。


 今病室にいるのは男性だけ。だけど食堂では女性陣にも咳をしている姿が目立った。

 咳が出はじめてまだ三日。男性の方が感染しやすいと言えなくもないけれど、有意な差とは思えない。

 職業、体型、年齢、瘴気への耐性もバラバラ。よく会話するとか、いつも一緒にいるとかいうわけでもなく、この六人の感染が早い理由もわからない。


 偶然、と言えばそれまでだ。

 だけど偶然で終わらせては、打つ手がなくなってしまう。

 熱を持った頭に手を当てて、私は重たく首を振る。


 ――……情報が足りないわ。でも情報を増やすわけにもいかないのよ。


 すでに村の半数近くが感染しているのだ。

 今の村にあるのは、わずかな熱さましと、いくつかの頭痛薬と胃腸薬だけ。食糧も残り少ない、薪も心もとない、春にはまだ遠い状況でこれ以上病人が増えれば、もはや抱えきれなくなってしまう。


 高熱は体力を奪い、衰弱させて死に至る。

 村人は長い冬で疲弊していて、あまり体力が残っているとは言い難い。これだけの熱が十日も続けば、耐えきれるかはわからなかった。


 そしてそれよりも早く、おそらくは食糧が先に尽きる。

 もともと食料の備蓄は厳冬期が明けるまで、二月いっぱいの予定だ。

 今はすでに二月下旬。もう十日もかからず三月になる。病人相手に食糧を節約するわけにはいかず、誤魔化し誤魔化し水増しすることもできない。


 狩りの再開を考えず、今ある物資を使い切るとしても、残り時間は十日弱。

 この短い間に、私は数少ない手がかりから情報を得て、感染の拡大を抑え、病気の対処法を見つけ出し、死者を出さないまま村の機能を再稼働させなければならないのだ。


 果たしてそんなことが――――できるのだろうか?


 この真冬のど真ん中。唯一の医者も倒れ、病気の知識もなく、薬一つ手に入らない状況で。

 深い雪に閉ざされたノートリオ領の、雪原にぽつんと取り残された、こんな小さな屋敷の中だけで。


 あまりに絶望的な状況に息を呑む。

 熱もないのに身震いがする。

 不安げな村人たちの視線を受けながら、私は無意識に口元を歪めた。


 ――やってやろうじゃない。


 たぶん、これがこの冬の最難関だ。

 ぞくぞくする。



平民層の病気の認識

・1~2日で回復する病気 →風邪

・1~2日で回復しない(自然治癒できない病気)

 ・感染力強 →悪い空気のせい

 ・感染力弱 →弱い(薄い)悪い空気のせい

 ・感染なし →呪い、もしくは親や先祖の悪業の報い、悪い血筋

 ・感染するが感染経路不明 →無作為の呪い、もしくは悪魔の気まぐれ

 ・原因の特定できる病気 →毒


医学者たちの中には『目に見えないほどの極小生物』によって病気が起きるのではと主張する派閥もあるが、肝心の極小生物が発見できていないため異端の学説。

神学者は瘴気が病気の原因と主張し、瘴気学者は無関係だと主張する。ここは犬猿の仲。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
瘴気学者の方が病気との因果関係否定してるのかぁ。 アーサーが罹患して嬉々としてるのはその辺の証明とかの実験要素も大きい?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ