28.厳冬期の猛威を乗り切ろう(9)
そういうわけで、吹雪の捜索から一週間。
なんだかんだと無事に救助されたことも、元凶であるモーリスと勝手に飛び出したトビーがお説教を受けたことも、なぜか功労者である私までが説教を受けたことも置いておいて、とにもかくにも一週間。
一度は吹雪が晴れたものの、昨日から再びの猛吹雪に見舞われた本日。
エントランスホールには、元気な馬の鳴き声が響き渡っていた。
護衛の愛馬四頭に、馬車馬が二頭。総勢六頭の馬たちが、エントランスホールにひしめき合う。
舞踏会もできるほど広いエントランスホールも、さすがに六頭もの馬を自由に遊ばせるほどの余裕はない。ホールは間仕切りで六分割され、馬たちはそれぞれの近くの柱に繋がれていた。
それでも、馬たちはあまり不自由をした様子はない。
足元には寝藁が敷かれ、届く場所に飼い葉桶と水桶がある。ホールは厩よりも隙間風が入らず、そのうえ暖炉に火が入っているので暖かい。安心したように膝を折り、うとうとと目を閉じている馬もいるくらいだ。
そんな彼らの周りを駆けまわるのは、忙しなく働く村人たちだ。
飼い葉の追加に水の交換、糞尿を集めて寝藁の敷き直し。不服を訴える馬がいれば、ホール内のみとはいえ歩かせてやることもある。
働く村人たちの顔には、明るい活気が満ちていた。
今日も吹雪だというのに、先週までの不安でピリピリした様子はない。馬たちに向かう姿は生き生きとしていて、「よう、今日も美味そうだな」と馬に軽口を叩く余裕さえあった。
余計なことを言って蹴られかけている村人を横目にホールを見回せば、他にもあちこち馬関係のものが増えているのがわかる。
階段横に積まれているのは、雪に埋もれていたはずの飼い葉の山。
その隣には、厩の中に保管されていた寝藁用の枯れ草の束。
柱には厩舎用フォークが立てかけられ、入り口傍には馬糞を放り込む蓋つきの桶がある。
玄関前の広く空いた場所には丸のままの木材が詰まれ、傍には手斧や金槌が転がっている。
木材横にはこれまた村人たちが数人集まり、馬のためにもっと快適な柵や寝床が作れないかと話し合っているところだ。
吹雪の風の音は響き渡るが、それ以上に馬と人の気配でエントランスホールは騒がしい。
一週間前とはあまりに変わりすぎたこの光景。
いったいなにがあったのかと言えば――――。
「…………いつまでもそんな顔をしないでちょうだい。ちゃんと約束は守ったでしょう、『吹雪が明け次第対策を考える』って」
エントランスホール、二階吹き抜け。
立ち働く村人と馬たちを眺めていた私は、同じく階下を見つめる人物へと呼び掛けた。
「これで吹雪の間も馬の世話ができるわ。問題は解決よ」
「そ、そうですけど…………!」
けど、もなにもない。
吹雪の間は厩に行けず、厩に行けないから世話ができない。
ならばどうすればいいか。答えは単純だ。
馬の方を屋敷に持ってきてしまえばいいのである。
このために、吹雪の止んだわずかな合間に馬を全頭屋敷へと移した。
大急ぎで厩の道具類も運び込み、凍っていた飼い葉も掘り出した。
出入口としてしか使用されていなかったエントランスホールは馬のために開放し、汚れにも床の傷にも目をつむることにした。
本当は見捨てるつもりだった馬を全頭サルベージ。約束してしまった手前というのもあるけれど、実のところこれはかなりの温情だ。
「それに、あなたの方も約束したでしょう。私がなにをしても文句を言わないって。たとえ馬に関することでも」
「そうですけどぉ……!!」
そう言って唇を噛むのは、先日の事件の元凶。
事件の責任を取ってしばし謹慎、という名目で、瘴気が抜けるまで強制休養中の御者モーリスである。
休養ということは、もちろん仕事はできないしさせない。
基本的には部屋で安静。アーサーやエリンの回診を受け、上限いっぱいまで薬茶を飲み、あとはせいぜい、部屋の外を少し散歩するくらい。
そうこうしている間に、あれよあれよと変わってしまったエントランスホールと――――彼にとってはまだ見ぬ厩の惨状に、モーリスはわっと両手で顔を覆った。
「――――だからって、厩を解体するなんてあんまりじゃないですかね!!?」
厩は立派な木造の建物だった。
この薪不足の極寒の地において、そんな建物がどうなるか。
もちろん、解体されるに決まっているのである。