28.厳冬期の猛威を乗り切ろう(6)
そんなこんなで、大正義人海戦術。
咄嗟に考えたにしては、けっこう悪くない作戦ではないだろうか。
そして時間制限ミッションにおいては、作戦を立案したあとの司令官は必要ない。
役割を終えた以上、人海の一つとして投入するのが最善手だ。
こんなこともあろうかとあらかじめ厚着もしたし、ロープも一番長いものを確保した。
カンテラには火を入れて、しっかり腰に括りつけた。
あとはとにかく、時間との勝負。
私はモーリスの名前を呼びながら、最短ルートでまっすぐに厩の方向へと駆けだしたのである――――。
……というのが、体感三十分前のこと。
通常であれば、とっくに厩にたどり着いている時間。
私は吹雪のど真ん中で、思わず声を張り上げた。
「――――ここ、どこ!!!!!」
いやもう、まったくなんにも見えない。カンテラもぜんぜん役に立たない。
厩は見えず、近づいているのかもわからず、聞こえるのは相も変わらず吹雪の音だけ。定期的にモーリスの名前を叫んでいるけど返事はなく、他の村人たちがモーリスを捜す声すら聞こえない。
途中、横殴りの風で進路がずれている可能性に気付いて、少し方向転換をしたのも失敗だった。
おかげで今は前に進んでいるのか後ろに進んでいるのかもわからない。腰に結んだロープの端が後ろにあることから、ひとまず屋敷から離れているらしいことを確認するのがせいぜいだ。
そうこうするうちに三十分。
飛び出したときの勢いもすでになく、進む足はひどく重い。雪は深く、瘴気は濃く、視界は悪く、体は冷たい。足を踏み出すごとに不安が増して、なんだか永遠に雪の中をさまよっているような気までしはじめていた。
「一時間たたずに凍死するわよ、これ! 誰よこんな無茶な作戦考えたのは!!」
無謀すぎて吹雪を舐めているとしか思えない。責任者出てこい!
というかこれ、モーリス本当に生きているんだろうか?
モーリスが飛び出したという報告が三十分前。それから二十分で準備して、十分で説明して、探索を開始して三十分として合計一時間半。もうモーリスに残された時間は三十分しかないことになる。
それに、計算上では二時間以内はセーフとしているけれど、この時間が必ずしも無事を保証しているわけではない。体調や瘴気の濃さ次第ではもっと制限時間は短くなるし、もし瘴気には耐えられても、この吹雪の中では事故の可能性が山ほどある。
どこかで転んで怪我をして、そのまま動けなくなっているかもしれない。
風に飛ばされた石や枝がぶつかって、気を失っているかもしれない。
そうなれば雪に埋もれて、あっという間に凍死コースだ。捜しまわっている今の時点ですでに手遅れ。これまでのあれやこれやも、すべては無意味で無駄なあがき。もはやどれほど必死に捜しても、見つけられるのはしたいだけ。
大自然の力に人間が敵うはずがないと、きっと思い知らされるだけなのだ。
エリンはきっと嘆くだろう。トビーは泣いてわめくだろう。
村人たちは無力感を味わい、間近に迫った死に恐怖するだろう。
冬はまだまだ厳しくなる。瘴気も薄れる気配はない。村はなすすべもなく追い詰められ、そして――――。
――――って、あっぶな!! うっかり絶望しかけてたわ!!
やばいやばい、らしくもなく後ろ向きな思考になっていた。
吹雪の魔力こわ。これ、気を張ってないとすぐにネガティブにさせられるわ。
――大自然がなんだって言うのよ。開拓は自然を征服してこそだわ!!
そういうわけで、気の張り直し。
私はその場で足を止めると、両手で思い切り頬を叩いた。
ぱちん、と良い音はしない。やわらかくも分厚い手袋で頬を揉みつつ、一度ここで手早く思考を仕切り直す。
たしかに、モーリスがすでに死んでいる可能性はある。だけど同時に、生きている可能性も十分にある。
ロープはまだ引っ張られていないので、捜索の時間にも猶予がある。
体は冷えているものの、それは冬なのだから当たり前だ。私は十分に厚着をしているし、動いていれば多少は体も温まる。
雪は深いとはいえ、この数日間吹雪続けた割には意外と積もってはいない。せいぜい、私の膝丈くらいまでだ。
たぶん、風が強すぎて、雪が積もる前に吹き飛ばされてしまっているのだろう。ならば吹雪の間はこれ以上雪が積もる心配もなく、雪に埋もれて動けなくなる恐れもないはずである。
それは、雪の中で行き倒れているかもしれないモーリスにも言えることだ。
もしも瘴気で動けなくなっていたとしても雪に覆い隠されることがないため、注意深く足元を見ていれば見つけられるはず。
あとは、それから――――。
「問題は、モーリスがどこにいるかということよ。せめて、厩の方向がわかれば……」
「わかるよ!」
モーリスは厩に向かったはず。ということは、見つかる可能性が一番高いのは、やはりその周辺だろう。
横殴りの風で多少方角がずれたとしても、厩を起点にすれば探しやすい。なにより厩は一応屋内ではあるので、捜索のセーフポイントにもできるはずだ。
ただし問題は、今となっては方向の検討もつかないことだ。
視界は効かない。絶え間ない風に方向感覚も乱される。手探りで周囲を探っても、手に触れるのは雪ばかり。
せめて、なにか厩に続く手がかりでもあればいいのだけども――――。
「おれ、わかるよ!!!!」
ほーん、ふーん、わかるんだ。すごいねー。
…………………………。
なに今の声。
幻聴?
「厩の方向、わかるよ!! あっち!!」
幻聴にしてはやたらと溌溂とした声に、雪の中でしばし煩悶。
いやまさか。いやいやまさか。いやまさか。
しかしたしかに声は聞こえる。それも、私のすぐ背後からだ。
うーん、猛烈に嫌な予感がする。気付かなかったことにしたい。
したいけど、そうもいかないのが厄介なところ。
私は眉間に皴を寄せ、恐る恐る背後へと振り返り――――。
「トビー! あなた、なんでこんなところにいるの!?」
やはりというかなんと言うか。
私の腰から伸びるロープを握りしめ、頬を真っ赤に染めた小さな人影に悲鳴を上げた。
「まさか、勝手に飛び出してきたの!? 子どもが危ないことするんじゃないわよ!!」
「あっち! ほら早く!!」
しかも聞いちゃいないし。
いや早く、じゃないからね。勘で『あっち』とか言われても困るからね。こんな無茶苦茶をして、いったいまわりの人間がどれほど迷惑をかけると――。
「あっちが厩だよ! 絶対そう! だって、鳴き声聞こえるもん!!」
と口から出かけた説教を、続くトビーの言葉に呑み込んだ。
…………ふむ。
鳴き声とな?