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28.厳冬期の猛威を乗り切ろう(5)

 まずは自室に駆け込んで、外套に手袋、帽子をかぶって靴下を重ね、長靴に履き替えた後は女衆のたむろする談話室へ。

 談話室で泣いていたエリンを捕まえて詳細を聞き、周りで慰めていた女衆に正面玄関前に集まって薬茶を用意するよう指示。

 その後は診療所に駆け込んで、診察要員兼荷物持ちとしてアーサーを確保。アーサーを引き連れて物置へ飛び込み、捜索に使えるものを手早く物色してから正面玄関へ。


 ここまでおよそ二十分。

 正面玄関のあるエントランスホールにたどり着いたときには、すでに何人かの村人たちが集まっていた。




 貴族の様式に則って、エントランスホールは舞踏会でもできるほどに仰々しい。

 二階吹き抜けの大広間があり、二階回廊へと続く二股に分かれた階段があり、階段の途中には広々とした踊り場が設けられている。天井には、もちろん巨大なシャンデリアだってある。

 二股の階段の間には、広いエントランスホールを温めるための、大きな暖炉がしつらえられていた。

 こんな暖房効率の悪い場所を温めてどうするということで、普段は使用禁止にしているその暖炉に、今は赤々とした火が燃える。周囲では先に来ていた女衆が湯を沸かし、その場で薬湯を出せるよう準備をしているところだ。


 女衆の中には、エリンとトビーの姿もある。

 きっと黙って待ってはいられなかったのだろう。青ざめた顔でポットを用意するエリンの横で、さすがのトビーも今は大人しくしているらしかった。


 彼女たちから少し離れた場所では、瘴気に強い体力自慢の男衆が、厚着をしながら不安そうに周囲の様子を窺っている。

 ヘレナからだいたいの話は聞いているのだろう。ときおり扉に視線を向けながら、彼らはぽつりぽつりと言葉を交わし合う。


「モーリスの旦那が出て行ったって話だけどよ……」

「さすがに外に捜しにいけなんて言わないよな? 屋敷の中を捜すとか、外をちらっと見るだけだよな?」

「こんな吹雪に外に出たら、俺たちまで帰って来れなくなっちまう。いくらあの変な王女でも、まさかそんなことは言わない…………よな?」


 言う。もちろん言う。

 こうなってしまっては、変な王女という言葉を聞きとがめている時間もない。


「そのまさかよ! 悪いけど、あなたたちには外に出てモーリスを捜してもらうわ!」


 そう言いながら、私は正面玄関前に集まる村人たちへと走り寄る。

 ざっと見たところ、今いるのは三人。加えて、カイルを除く護衛三人の姿もある。

 彼らを集めたであろうヘレナの姿はない。おそらくまだ人集めの途中なのだろうが、到着を待ってはいられなかった。


「あなたたち、数は数えられる!? 数えられる人は一人残って、それ以外はこれを持って行って!」


 これ、と言って村人たちに投げつけたのは、物置で見つけた捜索用の装備だ。

 ガラス張りの小型ランタン、蝋燭と火打石、それから何本かの長いロープである。


「ロープを体に巻き付けて! ベルトに結んでもいいわ! ほどけないようにだけ気を付けなさい!」

「ろ、ロープ? 体に巻き付ける? なんだってそんなこと……」

「命綱よ! 残る一人はロープを握って、一時間数えたら引っ張って!!」


 戸惑う村人に、私は手短に説明をする。

 モーリスを捜しに行かせて、村人が遭難しては本末転倒。このロープは、彼らが屋敷に戻ってくるための保険であり道しるべだ。


 使い方はいたって単純。このロープを体に巻いて外に出て、帰るときは逆にロープを辿るだけ。

 これで帰り道に迷うことはない。ロープの長さの分しか捜索はできないが、数本まとめれば厩まで届くはず。近隣探索要員と長距離探索要員に分ければむしろ効率も良いだろう。


 加えて、外は吹雪で朝も夜もないため、時間を計る要員として一人だけ外に残す。

 制限時間は一時間。一時間たったら、ロープを引いて外にいる人々へ合図を出す。

 これは『戻って来い』の合図だ。

 合図を受けたら、結果はどうであれ捜索中断。屋敷へ戻ることを最優先とする。


 短距離要員はさておき、長距離要員は一時間で行けるところまで行っている。戻るのに同じだけかかると見て一時間。これで合計二時間。

 これなら、ぎりぎり、瘴気が影響する時間までに帰ることができる計算になる。


 また、残す人間は瘴気に強く体力のある人間であること。

 時間を計る要員であるこの人物は、捜索における最後の保険でもある。

 ロープを引っ張っても戻ってこないとき、動いている形跡がないとき、この人物は女衆の誰かにでも残るロープを託し、反応のないロープを辿って救出に行くのである。


「――――概要はわかったわね? 後から誰かが来たら、同じことを説明して。ロープが足りなければ物置にまだあるから!」


 なにせアーサー、荷物持ち要員としてはまったくミジンコくらいにしか役に立たなかったからね!


 横でロープの重みにへばっているアーサーはさておき、とにもかくにも私の言葉に村人たちはこくこくと首を振った。

 本当にわかっているかは、正直言って疑わしい。それでも最悪、ロープさえ結んでいれば大事に至ることはないはずだ。

 私は持ってきたロープから長い一本を手に取ると、手本を見せるように腰に固く結んでみせた。


「万が一にもほどけないようにしなさい! 屋敷に残る人間は、絶対にこのロープを手離さないこと! 時間の計算はアーサーと二人で、十分ごとに確認し合いなさい!」


 時間計算は少々ややこしいので、結局残るのは護衛の一人だ。

 だけど一人だけではイレギュラーが起きたときに計測が止まるので、念のためアーサーも補助につける。

 本当は時計の一つでもあればよかったけれど、ないのだから仕方ない。物置をもっと探せば砂時計くらいは見つかった可能性もあるけれど、それも時間がないのだからどうしようもない。


 時間制限ミッションは、万全な準備で挑むよりも、成功の最低ラインを見極めるのが重要だ。

 準備に時間をかけてタイムオーバーしては本末転倒。切り捨てるものは切り捨て、代用できるものは代用する他にない。これでも、完全な体感時間に頼るよりはよほど確度は上がるはずである。


「屋敷の近くを捜す人は短いロープを持って! 長いロープを持った人は、できるだけ遠くを捜すようにして! 捜す場所は被らないように、外に出る前に方向だけでも決めておきなさい!」


 急かすように言えば、村人たちもおそるおそるロープへと手を伸ばす。

 体力自慢の護衛のランドンは、残っている中で一番長いロープ。もう一人の護衛も長めのロープ。村人たちは怖気づいたように短めのロープを持ち、それぞれ体に括りつける。


 それを確認すると、私は今は閉じられた正面玄関の扉に手をかけた。


「準備はできた? どの方向に進むか決めた? 一斉に外に出ないと時間がずれるから気を付けて。――さあ、私が合図をしたら、捜索開始よ」


 外は猛吹雪。内開きの扉は、開かれるのを待っていたかのように勢いよく屋敷の内側へと跳ね返った。


 途端に、荒々しい吹雪の音が響き渡る。

 雪とともに凍るような風が吹き込み、濃い瘴気の気配があたりを満たした。


 真っ白に染め上げられた真昼の空に、陽光はない。外は白くも薄暗く、まるで真夜中の闇のよう。火を入れたガラス張りのランタンは、この吹雪では今にも掻き消えそうなほど弱々しく感じられた。


 村人たちが息を呑む。

 体を強張らせ、たじろぐように足を引く。

 そんな村人たちを鼓舞するように、私は順繰りにその顔を眺めると――――。


「みんな、十分に気を付けて。ロープが引かれたら帰りの合図だと忘れないで。――――それじゃあ、()()()()()()!!」


「えっ」


 呆気にとられる捜索隊六人を差し置いて、真っ先に吹雪の中へと飛び出した。




「で、で、で、殿下―――――――!!!!???? なんであなたまで行くんですか!!!!!?????」


 なんでもなにも、もう時間が残り少ないからね!!

 時間不足は、人手でカバーする以外に方法がないからね!!!!!


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― 新着の感想 ―
王女、何分もつかな?
うん、言い出しっぺが矢面立つ姿勢自体は正しい。 …が、やめれ、マジでやめれ(汗) 7歳児の体力じゃすぐダウンするがオチでしょ(汗) ヘレナさん頑張れ(汗)
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