27.【イベント】謹賀新年!(3)
楽しそうかと言われれば、その通り。
一部不満はありそうなものの、それも別にこの場を不快に思ってのことではない。むしろ楽しんでいるがゆえの欲求である。
というわけで、私は微笑むヘレナに振り向くと、彼女の言葉に大いに頷いてみせた。
「当然だわ。せっかく計画したんだから、こういうときくらい思いっきり楽しんでもらわないと」
それでこそ、無理をしてでも場を用意した甲斐があるというものだ。
この機会にせいぜいパーッと発散して、冬を乗り切る活力にしてもらいたいものである。
いやまあ、『パーッと』と言うには少々質素ではあるけれども。
子供たちのために、キャンディの一つくらいは用意してやりたかったけども。
大人向けには酒の一杯も出してやりたかったけども。
せめて来年は……いやでもキャンディと言うことは砂糖をどうにかしないと……。甘味と言うだけなら蜂蜜でも……?
でもこのあたりで蜂蜜が採れたとして、瘴気に塗れてそうでやだな……うーん…………。
「――ああ、いえいえ。そうではなくて」
と思っていたら、ヘレナが慌てたように否定した。
それから少しだけおかしそうに噴き出して、私の顔をのぞき込む。
「村のみなさんもですが。なにより、殿下が」
「………………私?」
そうかな。
………………そうかなあ?
うーん、イマイチピンと来ない。
ゲーム的にも今は凪というか、出来ることもないけど問題も起きていないという見守りターン。これがゲームなら、迷わず三倍速にして時間を進めているところだ。
まあ、この間に次の計画を立てたり、こうしてイベントを起こして村人の好感度を上げたりするから、必要な時間だとは思うけどね。
やっぱり私にとっての開拓ゲームの楽しさは、次から次へと飛び込んでくるトラブルを間一髪でさばいていくところにあると思う。『こんなの絶対無理でしょ!!』という無茶苦茶な状況を突きつけられ、悩んで悩んで解法を見つけたときの喜びは格別。
トラブルのない安定期は、ほっと息を吐く時間ではあっても、楽しむ時間とはまた別だ。
……とは思うけど。
「お顔、ちょっと笑ってますよ。王宮にいたころより、ずっと楽しそうです」
ヘレナの言葉に、私はぺたりと頬を撫でる。
それから少しばかり表情を引き締め、ヘレナに首を横に振ってみせた。
「比較対象が悪すぎるわ。あそこと比べたら、どこだって楽しいわよ」
「素直じゃありませんねえ」
ヘレナの笑みが深くなる。
むう、と私は顔をしかめ、彼女から視線を逸らすように周囲へと目を向けた。
目に映るのは村人たち。
ころころと笑う子供たちに、親しげに言葉を交わす人々。
聞き耳を立てなくても聞こえる会話は明るく騒がしく、真冬の空気に熱を加える。
――……まあ、ねえ。
そりゃあ、嫌ではない。不快なわけでは決してない。
寒々しい王都の新年と比べれば、たまにはこういうのも――――。
「――――領主さん、そろそろプレゼントを配ってもいいかい?」
思考を割って、耳にかすかな声が届く。
いつの間にか傍に来ていたマーサが、人目から逃れるようにそっと私に呼び掛けたのだ。
改めて眺めれば、村人たちの食事はあらかた終わっている。
子供たちは大人しく座っているのに飽き、そろそろムズムズし始めていた。たしかに、ちょうどいい頃合いだろう。
「いいわ。それじゃあ準備をしないとね」
期待するマーサに、私はそう言って頷いてみせる。
お楽しみはこれから。新年の祝祭は、ごちそうとプレゼント交換だ。
交換というからには、もちろんもらう側も準備が必要なわけで――――。
「トーマスも呼んできなさい。男性陣のプレゼントの準備は、なんだかんだあの人が中心になってやっていたから」
布のかけられた謎の山は、暖炉の両側。
片方は女衆。もう片方は男衆の用意したものだ。
だいたい、他に仕事がなければ温室栽培チームも夜間の見張りに難儀しない。だって普通に昼間に眠ればいいからね。
それができないのは、昼も仕事があるからだ。
この冬。外にも出られない現状。なんの仕事をしているか――と言えば、実のところプレゼントの用意である。
女衆には布を渡した一方で、男衆には物置で見つけた空の木箱や空き瓶類を渡していた。
木箱は村では珍しい製材。分解して加工すれば、よい棚にも椅子にもなる。皮の切れ端と空き瓶を使えば水筒にもなるし、そうでなくても革細工はなにかと使える。
小さな鞄、ポーチ、鍋敷き、鍋掴み。そう言った細々としたものは、革細工チームも兼ねている雑用係がメインになって担当した。
――なんだかんだ面倒見がいいのよね、トーマス。
不服そうな顔をしつつも、口数が少ないため文句も少なく、『わかった』とだけ言って作業開始。
手先の不器用な男衆からあれこれ注文をもらいつつ、作りに作って本日。
女衆は他の村人にバレないようにとこっそり作業をしていたつもりだけれど、それは男衆の方も同じこと。
プレゼントの山が二つあることの意味に、マーサもようやく気付いたらしい。
「トムじいさん……? 男性陣……って、男たちのプレゼントの準備…………?」
目を白黒させるマーサに、私はにやりと口を曲げた。
まあ、たしかに、たまにはね。
こういうのも、少しは楽しいかもしれない。
男衆と女衆、互いにとってのサプライズプレゼントは大盛り上がりだった。
思いがけない贈り物に両者驚き、喜び、ついでに両方からたっぷりもらった子供たちは大喜びだ。
新しい服。新しい鞄。ちょっとしたリボン。ちょっとした小物入れ。
新しい年の到来を祝う日。華やかに飾られた部屋で、村人たちは大いに騒ぎ、大いに楽しみ、大いに笑ったのである――――。
――――と、まあ。
こうして村人たちが笑っていられたのも、しかしこの日くらいまでだった。
『トラブルのない安定期』なんてものは、長く続くわけがないのである。
【信頼度】
●●〇〇〇
→●●●〇〇