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26.年始の準備をしよう(2)

 もちろんのこと、私はこの一か月、温室栽培だけにかかりきりだったわけではない。

 領主ともなればやるべきことは無数にある。食糧管理に薪管理、どんどん瘴気が濃くなる中での体調管理。村人たちの様子を見て、顔色を見て、話を聞いて、そろそろ来年の計画も考えなくてはいけない。


 そんな中で、むしろ温室栽培は順調に進んだ方だ。

 プランター荒らしの件ではいろいろとあったものの、栽培そのものに大きな支障は出ていない。せいぜい温度管理や日照量の確保に頭を悩ませた程度で、大きく行き詰るようなこともなかった。


 ――まあ、丁寧に育てたものね。これで効率まで考えたらまた違ったんでしょうけど。


 今回の目的は収穫することであり、効率については度外視だ。

 日当たり確保のために設置したプランターは最小限。温度管理のために薪も人手も惜しまず、手間暇をかけて育てたのだ。

 これで失敗したら、冬場の栽培は不可能と言うレベル。一手一手を慎重に進めた結果であり、順調というよりは『着実』という言葉の方が近いかもしれない。


 なんにしても、私は温室栽培以外にもあれこれと手を伸ばしていたのである。

 そのうちの一つが、女衆に任せているこの仕事。

 外作業がなくなり、手の空きがちな彼女たちにこそこそと作らせているアレコレだ。




 そんなこんなで、改めて談話室。

 部屋を見回せば、マーサ以外もみんな針を動かしている。

 そこそこ広い談話室に幾人かのグループを作り、制作しているのは布製のあれやこれやだ。

 主には衣服。それから肌着。下着のたぐい。子供用の服に、端切れを使ったハンカチやタオル。男物も女物もごちゃまぜで、中には自分の作っているものを隠しているグループもある。


 彼女たちが作っているのは、年始の祝いのための贈り物だ。

 年始のプレゼント交換は伝統行事。なんでも大昔、どこぞの聖人が貧民に施しを与えたという話から始まった風習らしく、今では親しい間柄の相手と贈り物を渡し合うという形で定着。年始の祝祭には、もはやなくてはならない習慣となっていた。


 この寒村においても、年始の祝いをするとなればプレゼントを用意しないわけにはいかない。

 しかし村には余剰がない。橋が落ちて外部との交流も持てない。あるのは山のような雪と、冬場になって余った人手だけ。

 こんな状況で、用意できるプレゼントなどあるのだろうか――――?


 もちろん、あるのである。




「――いやあ、太っ腹だね、領主さん。あたしら、こんなにいい布を触ったことなんてないよ」


 手招きされるがままに歩み寄ったマーサのグループ。

 談話室の一角でテーブルを囲む彼女らは、今は首狩り草の薬茶を飲み飲み子供たち向けの衣服を作っているところだった。


 彼女らが手にしている布は、マーサも言う通りの立派な一枚布だ。

 丁寧に織られたリネンの生地で、厚みがあって色合いも良く、肌触りもやわらかい。


 その布をひと撫でし、マーサは感嘆の息を吐く。


「だけど、本当にいいのかい? こんないい布を、あたしらの服を縫うのに使わせたりなんかして」

「いいわよ別に。どうせ前領主の残したものだもの」


 マーサの問いに、私は肩を竦めて答えた。

 この大量の布の出所がどこかと言えば、今は懐かしき診療所づくりのために物置を空にした際。木箱の中から山のように見つかった布地の一部なのだった。


 ま、あんまり大量にあっても仕方がないしね。

 はっきり言って、王女である私の着る物には使われることがない程度の品質だ。

 庶民にとっては高価でも、私から見ればそうでもない。後生大事に取っておくよりは、最大限感謝されるであろう今の段階で放出した方がお得と見た。

 ついでに糸とボタンも山ほどあったので提供し、祝日を彩るプレゼントに作り替えてもらっているというわけだ。


 ――それで作るのが肌着や下着ってどうなの?


 とは思うけど、これもまたれっきとしたプレゼント。

 布すら貴重な村人にとって、真新しい肌着や下着は贅沢品。こんなときでなければ手に入れられない嬉しい贈り物なのだとか。


 なんにしてもまあ、喜んでくれるならそれでよし。

 貴族感覚で庶民のプレゼントにケチをつけるのもなんだし、だいたい今の状況で贅沢なドレスを作っても仕方ないしね。


 なんて考えていたら、マーサが目の前にずいとお茶を出してきた。


「それで、今日はなんの用だい? あたしらの様子見? それならお茶を飲んでいきな」

「いえ、せっかくだけど今はいいわ」


 薬茶は一日三杯まで。

 あんまり飲みすぎるとお腹壊しちゃうしね。


 と私が断れば、マーサが渋々自分で口をつける。

 大丈夫? それ何杯目? というかこのグループ、さっきからお茶飲みすぎじゃない?

 首狩り草の在庫、なんか計算より減りが早い気がしたのってまさか――という疑問は置いておいて。


 とにもかくにも、まずは本題。

 私はテーブルの上に採れたてのカブを乗せると、こほんと一つ咳ばらいをした。


「それより、相談があるの。このカブの使い道なんだけど――」




 とまあこんな感じで、実のところカブの使い道は決めていた。

 せっかくの年始の準備。せっかくのプレゼント。せっかく空いている人手に、せっかくのこのタイミングでの収穫だ。


 これからますます寒さは厳しく、瘴気も濃くなっていくという話。

 今は状況が落ち着いているけれど、これがいつまで続くかはわからない。というよりは、たぶん長くは続かないだろうと予想している。


 ゲームで言えば、今は緩急の緩の時期。そろそろ急が来てもおかしくない。

 すでに寒さで体調を崩し、瘴気に当たって診療所を訪ねる人々も少しずつ出はじめた。

 瘴気のピークは年始を過ぎてからの数週間。これを過ぎるまで、状況が悪化することはあっても良くなることはないだろう。


 ならば楽しめるのは今のうち。これが村人たちにとっての最後の休息だ。


 つまり、私にとっても今が最後のチャンス。

 なんのチャンスかと言えば、もちろん好感度稼ぎである。


 どうせこの後は大荒れの日々。上げた好感度もぐんぐん下がる。

 村人からの支持率が下がれば反発が起きるのはゲームの常。指示に逆らい勝手な行動を取られ、以前の狩人たちのように危険に飛び込まれてはたまらない。

 ここは一つググっと村人たちの心を掴み、波乱に備えようというわけだ。


 というわけで、せっかくのクリスマ……ではなく年始のパーティー。

 やるからには思いっきり、盛大にやってやりましょう!



あと一か月後ならシーズンぴったりだったのに……

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― 新着の感想 ―
仕掛けるなぁ。まあ、判断的には悪くないけど。 人間我慢には限界あるし、ある程度食料のカバーの目処が立ったし、できるっちゃできますね。 その後に最悪のパターンが起きたらどうなるかは置いといて(待て)
1ヶ月くらいなら誤差
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