24.イベントをクリアすると村人の信頼度が上がることがあるぞ(5)
ひいいいいいん!
と悲鳴を上げるアレクシスを、侍女のヘレナは速やかでタオルで包み上げた。
代わりにアントンの分のタオルと着替え一式を置くと、彼女は「ご迷惑をおかけしました」と短く言い残してすぐさま部屋を出て行ってしまう。
護衛のランドンも慌ててそのあとを追いかけていき、残されたのはトーマスとアントンと、嵐が過ぎ去ったあとのような静寂だけだった。
「……………………」
トーマスは呆けたようにその姿を見送ると、致し方なくタオルを取り、未だ眠り続けるアントンの頭にかぶせてやる。
火にあぶられてだいぶ乾き始めたとはいえ、まだアントンの髪は湿っている。服も生乾きだろうが、さすがに着替えさせてやるほどトーマスは親切ではなかった。
まあ、起きたら自分で着替えるだろうと思いつつ、一応風邪をひかさないように、暖炉の中に追加で薪を放り込む。
――……責めるつもりはなかったんだがな。
燃え上がる火を見るともなしに見つめながら、トーマスは「フン」と短く鼻息を吐いた。
もちろん――彼にとってはもちろん、アレクシスを責めてはいなかった。当然のように、非難も糾弾も、ましてや脅迫などもしていない。する気もなかった。
まだ幼いとさえ言える彼女の功績を、トーマスは正しく理解している。おそらく村の中の誰よりも理解しているであろう。
この村は滅びるはずだった。おそらく、冬を迎える前に草原に消えていただろう。
それがまだ、ボロボロになりながらも生きている。魔物を喰らい、蛮族に縋り、村自体を犠牲にしたとしても、村人たちはアレクシスの宣言通りに誰一人として欠かさずに生き延びている。
これは、村の誰にもできなかったことだ。
アーサーにもトーマスにも、無論のこと前領主にも不可能だ。非難などするわけがない。
だからトーマスの言葉は、ただただ言葉通りの意味しかない。
あるいは強いて言うのであれば――――『忠告』であっただろう。
トーマスから見ても、アレクシスには知識がある。目端が利いて、考える力もある。
七歳にそぐわないその能力は、天賦の才能だろう。どこまで本当かはわからないが、生まれ変わりと言うのもあながち完全にほら話ではないのかもしれない。
だが、あまりにも経験が少ない。経験からくる勘と知恵がない。
たしかに才能はある。そして今はまだ、才能だけでしかない。
特に人を見る目に関しては、他の能力に比べてもずいぶんと見劣りがする。先入観と思い込みが強く、妙に拙い。
いや、拙いというよりは、むしろ――。
――あの小娘は、人の悪意を見すぎている。
相手に悪意がある前提で動いている。
悪意の可能性を考えすぎている。
トーマスはアントンを疎んでいると思い、アントンはトーマスを恨んでいると思い、トーマスが向けた言葉には非難の意味が込められていると思っている。
細かなところを見て、覚え、考えてつなげていける力があるのに、それは善意の方向には結ばれない。
トーマスの行動がアントンのためであったことも、アントンが他でもなく自分自身を憎んでいることも、気付くのは他の可能性がすべて消えた後だ。
理由は、トーマスにも想像がついていた。
たぶん、根本的に、彼女は人間を信じていないのだ。
――いったいどんな育ちをしてきたことやら。
トーマスは王宮には縁がない。寝る場所も食べるものも保証され、座っているだけで食事が用意されるような場所であることしか知らない。
だが、きっと天国のような場所ではないのだろう。
アレクシスはおそらく、その場所で悪意を見なければ生きていけなかった。
まだほとんど中身の入っていない彼女の器に注がれているのは、今は人間の悪意だけだ。
――そんなことでは、この先はやっていけん。悪意だけでは、この小さなぼんくら村を治めるのがせいぜいだ。
悪意を見るのは、たしかに有用な能力である。思惑の裏の裏を読み、最悪の事態を想定することは、人を治めるうえで欠かせない技能だ。
だが同時に、人を信じられるということも、上に立つ人間には必須の素養なのだ。
疑り深いだけの人間には誰もついて行かない。
信じて任せてもらえなければ、誰も仕えようとは思わない。
慕われない長の行く末は、いつも決まっている。
破滅があるだけだ。
だからこそ、トーマスはらしくもなく他人に口出しをしてしまった。
求められもしないのにごちゃごちゃ言うなど珍しい。できるだけ丁寧に伝えようと試みたものの、それはあくまでもトーマスの基準でだ。
言葉が足りないとアレクシスが指摘したのは正しい。そしてやはり、少々相手を悪く見積もりすぎでもある。
普段から必要最低限の言葉しか言わないトーマスにとっては、あれが精いっぱいに尽くした言葉なのだ。
――慣れないことをするものではないな。
いったい、どうしてこんな不得手なことをしてしまったのか。
トーマスは眉間に皺を寄せ、隣ですっかり眠りこけるアントンを見た。
うなされる様子はない。悪夢を見ているようにも見えない。
かすかに響く寝息は静かで、穏やかだ。
まったく、腹立たしい。
――………………フン。
アレクシスの提案で、アントンは変わろうという決意ができた。
誤解であれなんであれ今日のことがあったから、悪夢に捕らわれた自分を見つめ直し、もう一度向き合う機会を与えられた。
これですべてが解決するわけではないにしろ、この男は一つ前に進むことができるだろう。
それはやはり、あの未熟な王女のおかげであるのだ。
――経験は嫌でも積んでいく、か。
それはその通りだろう。
いち村人に過ぎない器の小さなトーマスにさえ、年月は重みを与えてきたのだ。
おかげで他の村人たちよりも少しだけいろいろなものが見え、いろいろな知恵を身に着け、他人を気にかける余裕を得た。
まだ幼いアレクシスであれば、もっと多くのものを得られるだろう。
この死にかけの村からでさえ、いろいろなものを吸収していくのだろう。
こんなチンケな、単純で愚かな、悪人にすらなれないほど素朴なぼんくらばかりの村からでも、きっと。
あるいはこのぼんくらさが、彼女の器に悪意以外の中身を注ぐことができたなら――――。
そこまで考えて、トーマスは首を横に振った。
馬鹿らしい。チンケな村人が、大きな夢を見る。
食うや食わずの開拓村が、あの新米領主によって、『いずれ自慢できるようになる』ほどに豊かな、飢え知らずの年になろうだなんて。
「…………わしもたいがい、ぼんくらだな」
トーマスは皮肉げに呟くと、アレクシスが涙目で出て行った扉に視線を向け、知らず口元を緩ませた。
【信頼度】
●○○○○
→●●〇〇〇
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【Tips】温室について
温室を建てると、一定の燃料を消費することで、年間を通して作物の栽培が可能になる。
燃料の消費量は、温室の大きさ/栽培する作物の種類によって変化する。
また、栽培には一定量の水を消費し、使用した水の瘴気汚染度によって栽培する作物の瘴気汚染度が上昇する。
生育速度は露地栽培よりやや遅く、一度に栽培できる量も少ない。
施設をアップグレードすることで生産効率を上昇させることができる。
【!】温室には24時間人員を割り当てる必要がある。栽培途中で人員の割り当てを0にした場合は作物の成長が止まり、一定時間経過後に枯死する。
【温室建造に必要な資源】
石材、鉄材、ガラス