24.イベントをクリアすると村人の信頼度が上がることがあるぞ(4)
たぶん、この場での正解はすっとぼけることだったのだと思う。
ほら話なんて知らないし、私は紛れもなく前世の王で、トーマスの言葉は根拠のない言いがかり。
見る目がないのはトーマスの方で、そんなトーマスを余裕をもってかるーくいなして見せるのが、領主としての器の見せ所だったのではないだろうか。
「今も村が無事なのは、その薄っぺらなロクデナシのほら話があるからよ。あの場で私がほら話をしなかったら、村はとっくに滅んでいたわ」
なんてことは思いつつも、もう言ってしまった以上は仕方ない。
なにせ私、薄っぺらなロクデナシですからね! そりゃあ我慢もできず言い返すというものですよ!
というわけで、私はもはや一切の否定をする気もなくふんぞり返る。
「だいたい、空っぽの器でなにが悪いの。経験なんてそのうち嫌でも積んでいくものじゃない」
私が経験不足なのは事実。それは確かに認めよう。
私の知識は前世のゲーム由来であって、実際の経験には基づかない。
いわば、本だけを読んで知識を蓄えただけの素人。訓練ばかりで実戦経験のない新兵だ。
しかし、だからと言って尻込みをしてどうなる。
どんな熟練兵だって、最初はみんな新兵だろうに。
「今は器に中身を詰め込んでいるところよ。器が立派だって言うのなら、中身が詰まればもっとすごいことになるわ」
こっちは領主一年生。器なんて空っぽで当然である。
それはすなわち、成長の余地がたっぷりあるということでもある。
身が詰まって重たくなるのはまだこれから。
数年後の私は、それはもうパッツパツに身が詰まって張り裂けんばかりだろう。
それを見ずして評価を下そうなどとは片腹痛い。
というか気が早すぎるから、もうちょっと判断は待ってほしい。あと五年、いや十年。たぶんそのくらいになったら、ひとかどの人間にはなっている……はず……たぶん…………。
とは口に出さず、私は無言のトーマスに目を細める。
口元を歪めて浮かべるのは、内心の不安などおくびにも出さない不敵な笑みだ。
「だから今は、余計なことは言わずに黙って見ていなさい。そうすれば、いずれ自慢できるようになるわよ。――――この私が治める村の、最初の住人だってことをね」
「……………………」
うーん、我ながらビッグマウス。
笑みを深める私に対し、トーマスの方は眉間の皴が深くなる。
「ずいぶんと大口を叩くものだな、小娘」
「だってほら、私ってほら話が得意なんだもの」
売り言葉に買い言葉。口八丁は王宮にいたころからの私の得意技だ。
言い負けるつもりは毛頭ない。はん、と笑えば、トーマスのこめかみがピクリと引きつった。
引きつったまま、緊張の一瞬。
息もできないほど張り詰めた空気の中、私たちは再び舌戦を交わそうと、ほとんど同時に口を開き――――。
「――――――――――――――――で~ん~か~~~~~~!!!!」
はい。
「殿下~~~~!!! ここですか!!!!!」
開いた口は、同時に閉じた。
緊張も沈黙も、ついでに夜は静かにという暗黙のルールも破って響き渡ったのは、思いもかけない声だ。
しかし聞き覚えがある声でもある。ありすぎる声とも言う。
そして、できれば今は聞きたくない声だった。
『ここですか』に次いで響いた扉を開く音とずんずんと近づいてくる足音に、目の前のトーマスの存在も忘れて私は体を強張らせた。
振り返りたくない。
振り返りたくはないけど、見ないわけにもいかない。
もはや言い争いをしている場合でもなく、私はおそるおそる背後へと振り返り――。
「――――殿下」
予想通りの人物の姿に、予想通りなのに凍り付く。
まだ夜も明けやらぬ深夜。私の真後ろに仁王立ちするのは、怒りの形相のヘレナである。
彼女の腕にはタオルと、おそらく二人分の着替え。暗闇の中炎に揺られ、息を呑むほどの威圧感でもって私を見下ろす彼女の後ろでは、着替えを取りに行っていたはずの護衛のランドンが、実に申し訳なさそうな顔で身を縮めていた。
「す、すみません殿下……さすがに自分が殿下の私室に入るわけにもいかず……子供服もよくわからなくて、ヘレナさんを頼らざるを得ず……その結果……洗い……ざらい…………」
とは、消え入りそうな声の護衛の言葉。
なるほど、理解。
どうりでなかなか戻ってこなかったわけである。
そしてこれは、私の人選ミスとしか言いようがない。
言われてみれば確かに、男一人で王女の部屋には入れない。入るだけの勇気があったとして、服を選んでくるなど不可能だ。
なにせ王女の服はややこしい。一着掴んで持ってくればいい、というわけにはいかないのである。
なるほどなるほど――――。
………………やらかした。
「殿下……私、いつも言っていますよね。夜更かしをしてはいけない、って」
しかもヘレナに嘘をつき、寝たふりをして騙した挙句、護衛たちにも口止めをしたうえでの犯行である。
ヘレナは怒りの形相をにこりと笑みに変えると、さらに一歩、私へとにじり寄った。
口にする声は、恐ろしいほどに静かで、真冬の空気よりもなお冷ややかだ。
「なにか、言い訳はございますか?」
ひい…………っ。