24.イベントをクリアすると村人の信頼度が上がることがあるぞ(1)
そんなこんなで一件落着。
しばらくすすり泣いていたアントンは、いつの間にか膝を抱いたまま眠ってしまった。
夜間の見張り番としてそれはどうなのと思いつつも、いろいろあったからまあしゃーなし。どうやら安らかに眠っている様子だし、今回は大目に見るとしよう。火の方はトーマスがいるから問題ないしね。
それにしても、着替えを取りにいったはずの護衛が一向に戻ってこない。
部屋を出てからけっこう時間が経っているはずなのに、一体どこでなにをしているやら。
――そろそろ、バレないように部屋に戻っておきたいんだけど……。
服は未だ生乾き。火の傍ならまだしも、回廊に出たら一瞬で凍り付く。
いったいどうしたものかと、火に手をかざしながらため息をついたときだ。
「――――気付いていたのか」
これまでずっと黙っていたトーマスが、不意に私に呼び掛けた。
彼は暖炉に薪を一本放り入れ、ちらりと視線を向けてくる。
「これがアントンの仕業だと。……どこでわかった?」
どこで。
どこでかあ。
探るようなトーマスの視線を受けつつも、私は「ふむ」と少し考える。
実のところ、足跡の違いについて話をした時点までは半々だった。
アントンの仕業の可能性が半分、第三者が本当にいる可能性が半分。私としてはアントンは完全に歩けないと思っていたので、彼の仕業なら足跡は工作だ。
一方で、第三者の場合も足跡は工作だろうと思っていた。だって、部屋の外に出て行った跡が残っていなかったからね。
それじゃあ、どうしてこんなことをしたのか。
工作するのなら、たぶん自分以外の誰かの仕業と思わせたいはずだ。そうだとして、アントンが犯人なら部屋の外に出る足跡がないのは片手落ちだし、第三者が犯人ならどうしてアントンの当番の日に両足の足跡を付けたのかがわからない。
まあ、今となってはこのあたりは見当違いだったわけだけども。
そうこうしているうちに、トーマスがアントンを責めて諍いになり、制止のために足跡の違いを指摘した。
それでもトーマスはアントンを犯人と決めつけ、威圧し、アントンは怯えたように足を引き――――。
「アントンが足を滑らせて転んだとき、かしら。それまでは半信半疑くらいだったのだけど」
「転んだとき?」
「動かない足で床を踏んで、泥で足を滑らせたでしょう?」
精神的な理由にしろなんにしろ、アントンは杖がなくては歩けない。
片足は動かず常に引きずっているため、普通に過ごしていたら《靴の裏に泥が付くはずがない》のだ。
それなのに泥が付いていた。
それも、ちょっとやそっとの量ではない。滑って転ぶほどにはべっとりとだ。
こうなると、途端にアントンが怪しくなる。
まさか第三者がアントンの靴を脱がせて泥に塗れさせ、再び履かせたわけでもないだろう。たとえ第三者が関わっていたとしても、アントンが無関係ということはあり得ない。脅されたにしろなんにしろ、ほぼ確定で実行犯はあるだろうと思っていた。
「………………フン」
私の説明に納得したのかしていないのか。薪をもう一本火の中に放り入れると、トーマスは眉間の皴を深くした。
「やはり目ざといな、小娘」
それはどうも。
「目端が利くし、頭も回る。前世だかなんだか知らんが、誰も知らんような妙な知識も持っている」
うーん、めちゃめちゃ褒められている……のかな?
褒め言葉には大層弱いと自負する私でも、どうにも彼の言葉を素直に受け取れない。
表情が険しいからか。淡々としていて心がこもっていないからか。あるいは、なーんか言外に含みがありそうだからだろうか?
喜ぶにも喜びにくく、なんとも据わりの悪い私の目の前で、トーマスは再び火の中に薪をくべた。
薪に火が燃え移り、弱まっていた火勢が再び勢いを取り戻す。それを見届けると、彼はようやく体ごと私に向き直った。
それから短く一呼吸。彼は私の顔をのぞき込み、「だが」と静かに首を振る。
浮かぶ表情は、奇妙なくらいに真剣だ。視線は鋭く、空気は張り詰め、部屋には緊張感が満ちる。
その空気に呑まれるように、気付けば私はピンと背筋を伸ばしてた。
いったいトーマスは、私になにを言うつもりだろうか。
とんでもないことを言われるのではないかと、私はごくりと唾をのみ――。
「びっくりするほど人を見る目がない。なぜだ?」
うっさいバーカバーカ!!!!!