表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/253

6.村の様子を見てみよう(1)

 しこたま怒られたあとも、しかし朝は来るもので。


 空は快晴。くっきり山肌。太陽は東の端でこんにちは。

 領主就任二日目。冴え冴えとした冷たさの満ちる早朝のノートリオ領で、私は現在――。


「だ――――」


 開拓村北部。村を一望できる小高い丘の上に立っていた。


「―――――――っっっっっい草原!!!!!!!!!」


 目に映るのは、草、草、草また草。離れて山に、あとは空。

 なだらかな丘陵を覆う、どこまでも続く緑色に、私のテンションは駄々上がりだ。


 草は私の背丈よりも高いくらい。もう冬も迫っているというのに、緑の色は衰えない。成熟した緑の濃さが、かえって私を圧倒させる。背中から吹く風が細い草を一斉に揺らし、果てのない草原に波を立てて消えていった。


「草で傷を作らないように気を付けてくださいね。このあたりの植物は、瘴気の影響でほとんど毒を持っていますから」


 はしゃぐ私の背後から、アーサーが呼びかける。

 彼には現在、村の案内をしてもらっている最中だ。朝っぱらから押し掛けて連れ出しても怒らずついてくるあたり、人が好いにもほどがある。あるいは気が弱すぎると言えるかもしれないけど、案内されている身としては良い方に捉えておくべきだろう。


「雪が降ると一斉に枯れはじめるから、この光景もあとちょっとですね。もう少ししたら、今度は真っ白に変わる。これはけっこう見ものなんですよ」


 へー! へー! 見たい!!

 王都はあまり雪が降らなかったからなあ。降っても遊びに行かせてもらうなんてできなかったし。こんな大草原も、広い空も、なんなら山も見たことがない。

 今まで私が見た中で一番大きいものって、王城だろうか? ここからだと指で挟めるくらいのあの山が王城よりはるかに大きいなんて、頭ではわかっていてもぜんぜん信じられない!


「殿下、はしゃぐのもいいですが、走り回って迷子になられては困ります。殿下の大きさだと、この草原の中から探し出せませんよ」


 同行していたヘレナがそう言って、興奮に駆けだそうとしていた私の腕を掴む。そのうえ掴みついでに、護衛に引き渡されてしまう。

 護衛は慣れたように私の体を持ち上げると、道中の足として連れてきていた馬の背へ乗せた。馬の手綱は、もちろん護衛の手の中だ。私の体格では一人で降りることなどできるはずもなく、これで自由時間終了。思わず顔もしかめるというものである。無念。


 まあでも、馬の上だと草原の様子がさらによくわかる。

 一面緑に見えた草原にもぽつぽつと色の違うところがあり、目を凝らせば草以外のものが見えてくる。

 点々と存在するのは、くぼみめいた池や沼。周囲は湿地になっているのか、他に比べて少し地面の色が濃い。中にはまったく草がなく、ぽっかりと穴が開いたようになっている場所もある。

 少し視線を上げると、離れた場所に木々が見える。木々の先は青空につながっていて、それ以上は見渡せない。隣領から開拓村に来るときに森を抜けた記憶があるから、あの先はきっと隣領へと続いているのだろう。


 手前に視線を戻せば、眼下に村の全景が飛び込んでくる。

 最南端に領主の屋敷。東の方にアーサーの家。三十戸少々のあばら屋に、村の集まりででも使うのだろうか、いくつか大きな屋根が見える。井戸が二つ。焼け落ちた倉庫。それらをぐるりと取り囲む、壊れた木製の柵。


 これが、この村のすべてだ。

 小高い丘の上とは言え、すべてが視界に収まるほどの小さな村。

 この村を、これから私が大きくしていくことになる。


 生死の間際で駆け回る人々には悪いけれど、正直なところ興奮していた。

 風が吹き抜け、私の頬を撫でていく。山から吹く冷たい風。少し水気を含んだ空気。息をいっぱいに吸い込めば、草の匂いに満たされる。

 ここはどこまでも広く、どこまでも自由で、私の知るどこよりもずっと、気分のいい場所だった。






 というのは、つい先ほどまでの話である。


 村の周辺の散策を終え、今は再び村の中。

 さて次に見ておくのは村内部の様子と言うことで、やって来たるは村人の集まる集会場。先ほど小高い丘から見たところで言うと、いくつか見えた大きな屋根の建物だ。

 日中、村の男衆はほとんど草原へ狩りに出るが、残された者たちものんびりしているわけでは決してない。

 怪我などで動けない男衆は、村に残って狩りなどに使う道具作りや雑用を、女衆は二手に分かれ、一方は針仕事や炊事といった家事労働を、もう一方は少しでも食料を集めるために、草原の食べられる野草を摘んでいるのだという。

 ちなみに、それ以外の仕事はない。専門職のようなものもない。なにせここは開拓村。こんなところで食堂を開こうが、服屋や花屋を開こうが、誰も客にはならないのだ。


 閑話休題。

 そういうわけで、村に残った人々の多くは集会場に集まって、それぞれの仕事をしているという。

 私はそれを見学させてもらおうという魂胆なのだ。


 それでは、まずは男衆の道具作りから。お邪魔しまーす。


「…………他の連中は知らんが、俺はお前を認めてねえぞ」


 気を取り直して、家事労働の女衆。


「……いくら先生の頼みだからって、ねえ? あたしたちはちょっと……」


 …………採取作業の女衆。


「よそ者がいつまでも村に居座るんじゃないよっ!」


 …………。

 …………。

 …………。


 気分わるっ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ