21.踏みにじる足跡(3)
さてしかし、私にわかるのはここまでだ。
残念ながら私は探偵ではないし、推理系のゲームもそれほどプレイした記憶がない。この場でサクッと真犯人を言い当てるには、私では力不足である。
これだけの情報では、アントンの疑惑は晴らせない。
というか、私自身にとっても彼はまだ容疑者のままだ。
彼が誰かを招き寄せた可能性はあるし、足跡の偽装工作もやろうと思えばできるはず。
なにより、いくらうつらうつらしていたとはいえ、これだけ部屋が荒らされていて気づかなかったという点が謎のままだ。
それでも、第三者が存在した可能性が浮上したのは大きい。
その正体次第では、アントンは無関係、もしくは単なる協力者。
あるいは、畑荒らしの冤罪を押し付けられた被害者でさえあるだろう――――。
というあたりで、他の人々の反応チェック。
雑用係の二人は、足跡を見てはっとしたように目を見開いている。
「言われてみれば、たしかに……!」
「でも、それじゃあいったい誰が……?」
そんなことを言い合う二人の横で、アントンは相変わらず怯えたように震えたままだ。
口をつぐみ、頬を強張らせ、揺れる瞳が縋るように一点を見つめる。
「………………」
その視線の向く先に気付いているのか、いないのか。
じっと見つめるアントンには見向きもせず、トーマスは眉間に深い皴を寄せて私を見据えていた。
「………………目ざといな、小娘」
「そうかしら?」
「ふん。だがそれだけだ。よく見てはいるが、見えてはいない」
むっ。それはまた意味深なことを。
見えていない? どういう意味?
「言いたいことがあるならはっきり言ってほしいんだけど……」
この状況で思わせぶりなことを言われてもね。そも、『はっきり言え』とは、これまでさんざんトーマス自身が言ってきたことだ。人に言うくらいなら、自分の方も心掛けてほしいものである。
というかこの二人、方向性は違えどどちらも言葉が足りなさすぎる。アントンはそもそも話をしないし、トーマスも自分の言いたいことしか言わない。そのせいで、こっちは未だに二人の関係を掴み損ねているのだ。
相性が悪そうだとは、前々から思ってはいた。
アントンはずっとトーマスに怯え続け、そんなアントンにトーマスは苛立ち、二人の間には常に緊張感がある。
それでも、なんだかんだと長い付き合いらしい二人。互いの事情も知れないまま、私が二人の関係に判断を下していいのかどうかで迷い、なんとかしなければと思いつつも、今の今までこの状況を看過してしまっていたけども。
それはもしかしたら、大きな失敗だったのかもしれない。
「いいだろう、言ってやる」
トーマスはそう言うと、ぎろりとアントンを睨みつけた。
睨まれたアントンは縮み上がり、逃げるように足を引く。
だけど、不自由な足は上手く床を掴めない。
靴底が泥で汚れていたせいもあるのだろう。彼は滑るように倒れると、その場に重たく尻もちをついた。
そんな彼を哀れむでもなく、心配するでもなく、トーマスはただ冷たい目で見下ろす。
「この件で、わしはアントンを一切信用していない。『他の誰か』などいるものか。犯人はこの男以外にありえん」
「………………う、うぅ……」
「今後、この男一人に火の番をさせるつもりはない。これからは、必ずわしが見張りについてやる。……こいつ一人では、なにをされるかわかったものではないからな」
断定的なトーマスの言葉。
嗚咽めいたうめき声を上げるアントン。
耐えかねたように、「言いすぎだ!」「そりゃないだろ!」と抗議の声を上げる雑用係の二人。
ギスギスとした空気は最高潮。今にも取っ組み合いになりかねない最悪の空気の中で――――。
「それ、いいわね」
私はぱちんと指を鳴らした。
「ただ、見張りをするのはトーマスじゃないわ。今の状況であなたがいたら、アントンも気まずいでしょ」
というか、互いに腹に据えかねて別の事件が起きかねない。
今は事件直後で、頭に血が上っているだろう状況。一度冷静になってもらうためにも、昼の仕事も含めていったん二人を引き離しておいた方が良いだろう。
「……それなら、誰に見張りをさせるつもりだ」
トーマスがそう言って、残る雑用係二人に視線を向ける。
二人は戸惑ったように顔を見合わせ、乗り気ではなさそうな表情で私を見る。
「あなたたちじゃないわよ。昼の仕事もあるし、これ以上負担をかけられないわ」
一応彼ら、怪我人だしね。うつらうつらくらいはできるとはいえ、気を張る夜の火の番を増やすのは忍びない。もうほとんど治りかけとはいえ、怪我の回復にも障りが出る可能性だってある。
「そうなると、他に誰が……?」
雑用係たちが、困惑したように視線を交わす。
トーマスでもない。他の雑用係でもない。ちなみにもちろん、他の村人たちでもない。
温室栽培の目的の一つは、『ごく潰し』である彼らの後ろ暗さを減らすこと。できれば他所の手を借りたくはないのである。
となれば、残る選択肢は一つ。
困惑したような雑用係の面々の前で、私はむんと胸を反らした。
「え」「は」「本気で?」とかなんとか声が聞こえたけれど、もちろんのこと本気も本気。
私は下手な冗談は言わない主義なのだ。
他に選択肢がないなら仕方ない。
ここは領主たる私が、一肌脱ぐと致しましょう!
あっ、でもヘレナには内緒にしておいてね。
バレたらとんでもないことになるからね!!!!