20.順調、順調……
一つ芽が出たら、残りが出てくるのもすぐだった。
最初の芽が出た翌日には他の種も発芽して、三日四日もすればもうプランターは大賑わいだ。
窓際の、いちばん光の当たる場所。冬の冴え冴えとした日光を受け、所狭しと並ぶのは、外の世界に出たばかりのカブの芽たちである。
ひょろりと伸びた細い茎。大きく開いた丸い双葉。葉の先にはまだ種の殻がくっついていて、まるで卵の殻をかぶったひよこのようだ。
この寒い冬の盛りに芽吹いた緑の幼子。小さな部屋で、包み込むように大切に育てられた彼らのこれからの成長を思うと、自然と頬が緩み――――。
「――――このあたりで一度間引いとかんとな。育ちの悪いのは全部抜くぞ」
あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
そんなこんなで、夕食のスープには久しぶりに肉と首狩り草以外の具材が浮いた。
シャキシャキやわらかなスプラウト。重要なビタミン源である。
夕食に供されたことで、他の村人たちも雑用係が新たに始めた仕事に気付き始めた。
村はもともと農夫が多く、冬場の栽培に関心を持つものも少なくない。手伝いたそうにそわそわしているのも数人いたけど、残念ながら今回はお断りだ。
なにせ彼らには、まだまだ外での作業が残っている。
それも先日の吹雪で一時中断。さらには吹雪の後片付けで作業再開が大幅に遅れたため、スケジュールとしてはかなりの遅延が出てしまっている状況なのだ。
すでに厳冬期に突入し、いつまた吹雪が起きるかわからない現在。これ以上、外での作業を遅らせるわけにはいかない。彼らには可及的速やかに、冬ごもりの支度を終えてもらう必要があるのである。
というのは、半分ほどは建前だ。
作業を早く終わらせるべきなのは本当。だけど温室栽培を手伝わせないのは、できるだけトーマスやアントンに経験というアドバンテージを積ませておきたいからでもある。
トーマスたちにできることは、言ってしまえば健康な他の村人にもできる。
温室栽培はトーマスたち傷病者だからこそできることではない。体力仕事がそこまで必要ではなく、誰にでもできるからこそトーマスたちにもできるというだけの話だ。
ここで他の村人に手伝わせては、『ごく潰し』たちがまた自分の価値を見失いかねない。
そうならないよう、せめて最初の収穫まではトーマスたちだけの手で行わせ、自信と経験を付けさせてやりたかった。
そんな領主の深謀遠慮のもと、栽培はその後も順調に進んでいった。
双葉が出た後は本葉が出て、ツンと天に向かうように伸びていく。
本葉が二、三枚出たあとはまた間引きをし、ついでにプランターをもう一つ追加して新たに種を蒔いておく。
二つ目のプランターから芽が出たあたりで、さらにプランターを二つほど追加。なんだかんだで、これで屋敷内に運び入れた土を全部使い切ってしまった。
「――――悪くない。成長は遅いが、食えるものは作れそうだ」
とは、偏屈老人トーマスが素直になれない喜びをにじませながら言った言葉だ。
雑用係の他二人も上機嫌だし、アントンだけは相変わらずおどおどして無口だけれど、実になんとも調子が良い。
部屋を詰めたおかげで薪の使用量も思ったよりは増えなかったし、毛皮を部屋に持ってきたおかげでトーマスの作業場所も遊戯室からこちらに移り、極寒の作業の恐れもなくなったし、栽培そのもの以外も絶好調だ。
ここまで来たら、あとは根が膨らむのを待つばかり。
ちなみに今回は小規模栽培ということもあって、作物に与える水は井戸で汲んだものを使用。土も前領主お墨付きの物を使っているし、これなら瘴気汚染の心配もさほどしなくて済むだろう。
偏屈トーマスも、珍しく口が軽くなるというものである。
「ふん。しかしこんなものか。葉艶が悪いから、あまり立派なものにはならないだろうな」
「いやいや、じいさん。真冬にこれなら上出来でしょう!」
「そうだそうだ! なっ、アントン!」
「………………」
うーん順調。
まあ温度管理にはかなり気を遣っているし、日当たりを気にして時間ごとに細かくプランターの位置もずらしているし、燃料も手間暇もかけているから当然と言えば当然だけど、それにしたってこんなに上手くいくとは思わなかった。
「おいアントン、なんだその顔は。言いたいことがあるならはっきり言え」
「………………………………い、いえ」
「ふん…………」
いやー、ここまで順調だとかえって怖くなってくる。
こういうときは、なんでか必ず厄介な問題が起きるんだよねえ。
〇
「――――お、王女さん、たいへんだ! プランターが荒らされて、めちゃくちゃになっちまった!!!!」
ほらね。
温室栽培開始から約一か月が過ぎた、十二月半ば。
吹雪の唸り声響く早朝にもたらされた報告に、私は頬をひきつらせた。