19.温室栽培をしてみよう(3)
話し合いは一事が万事この調子。冷たい部屋はますます冷たい空気に満ち、お通夜のごとくどんより暗く、ヘレナの胃はますますキリキリ締め上げられていく。
正直言って、私としてもこの手の話は専門外だ。人間関係のあれやこれやは、ゲームであっても苦手なジャンル。できれば首など突っ込みたくはないものである。
それでもまあ。まあまあまあまあ、外の吹雪もかくやと言うほどの寒々しさの中で話を進めていった結果。
「それじゃあ、育てるのは小カブ。ひとまず、芽が出るまではごく小規模で。芽が出るのが確認できたら、順次追加していく形。手伝いは雑用係の他の二人に任せて、こちらも足りないようなら増やしていく形ね」
「鉢植えは先に用意しておけ。厩があるなら堆肥もあるだろう。あらかじめ土と混ぜておいた方が良い」
「了解了解。厩の裏手に積まれているって話だから、吹雪が止んだらモーリスに持ってこさせるわ」
プランターは大きめで、できるだけ底の深いもの。
堆肥は厩の裏手。馬糞を積んで発酵させたのが置いてあるという話だ。
モーリスによると、これは前領主時代に作られたものの残りらしい。私たちの馬のものでは発酵が足りないとかなんとかで、まだ使い物にならないだそうだ。まあ、このへんは専門外なので聞きかじりである。
聞きかじりついでに、馬糞の堆肥があるのなら、もちろんアレの堆肥もある。
こちらは屋敷の裏手、というかトイレの裏手。臭いが届かないようほどよく壁から離れた場所に穴が掘ってあり、汲み取り後はそこに放り込まれているという。
ちなみに汲み取り作業は、現在は村の男衆が担ってくれている。その前まではモーリスと護衛たちで交代だ。馬糞慣れしたモーリスはさて置き、元騎士である護衛四人は泣きながら当番を拳で決め合っていたというものの、どこまで本当かは謎である。
とまあ、こんな調子で話し合い自体は案外サクサクだった。
どうもトーマスの方で、事前にざっくりとした草案を考えてくれていたらしい。決めるべきところはすぐに提案が出て、あとは適宜質疑応答が挟まるくらいだ。
アントンの件以外ではほとんど話が詰まることがなかったあたり、この偏屈、これで随分と乗り気らしい。
そんな乗り気のトーマスが、部屋を見回して鼻を鳴らす。
「あとは場所だが――ふん、ここじゃ日当たりが悪すぎるな」
「そうだけど、他に部屋が空いてないのよね」
この屋敷、構造的に二階全般の日当たりがイマイチなんだよね。
中でも遊戯室は最悪と言って良い。まあ遊戯室なんて昼日中に使うような場所ではないし、むしろ薄暗い雰囲気の方が似合うような場所だ。このあたりはわかっていて設計したのだろう。
ただ、こっちとしては遊戯ではなく作物を育てたいのだ。
ただでさえ日照時間が少ない冬。日のあるうちはできるだけ陽光に当てておきたい。となるともっと日当たりの良い部屋を――と思うけれど、そう簡単に部屋替えもできない。
今の屋敷は、村人三十九人を収容しているのだ。
いくら広い屋敷とは言え、こうなるとほぼ満室。空いているのはせいぜい一階の物置か、三階にある領主家族のプライベートルーム。
だけど一階の物置は満杯だし、足の悪い人間がいるのに三階をあてがうのもためらわれる。
さてどうするか――と私が思う一方で、トーマスの方は実にあっさりしたものだった。
「部屋なんぞ空ければいい。一階にわしらが使っている部屋がある。あれを使え」
「いや使ってる部屋は駄目でしょ」
最初は小規模栽培とは言ったけど、軌道に乗れば規模を大きくしていくつもりだ。
今でさえ部屋は四、五人の相部屋。なのにプランターにまで場所を乗っ取られては、寝る場所さえもなくなってしまう。
そしたらどこで眠るつもりじゃい。
「適当に他所の部屋に紛れ込めば済む話だ。わしが今から同室の連中に話を付けてきてやる」
トーマスは悩む様子もなくそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
いやたしかに、部屋を詰める計画は以前私も考えていたけども。まさか自ら提案して、自ら説得までしようとするとは思わなかった。
偏屈の割に行動力がすごい。
いやむしろ、偏屈だからこそやる気になったらすごいのだろうか?
とにもかくにも、やる気みなぎるトーマスは部屋を出た。
そういうわけで、取り残されてしまった部屋の中。ちょうどいいので、私はもう一度アントンに聞いてみる。
「……嫌なら嫌って言って良いのよ?」
私とアントンの間に立っていたトーマスはもういない。
今なら言葉を遮られることも、先を奪われることもない。
「やりたくないことを強制するつもりはないわ。トーマスのことも気にしないで大丈夫よ」
だって私、領主ですから。
トーマスがなんと言おうと領主権限でちょちょいのちょい。とはいかないまでも、まあ二人が一緒の仕事にならないようにするくらいはできるだろう。
さて、それでアントンの反応はというと。
「………………」
冷え冷えとした部屋で、アントンは縋るように杖を握りしめていた。
トーマスがいなくなっても、身を縮めているのは変わらない。肩を強張らせ、視線をさまよわせ、恐れるように目を伏せる。
物言いたげな口は、開いては閉じるの繰り返し。なにか言おう、なにか言わなきゃと言いたげに、彼は苦しげに何度も口を動かして――――。
「………………いえ」
出てきたのは、結局否定の言葉だった。
「僕は、自分から、これをやると決めたんです」
杖を握る手には力がこもる。指の先が震え、唇がわななく。
アントンは言葉を絞り出す。一言一言区切りながら、まるで自分に言い聞かせるように。
「…………やらなきゃ、いけないんです。僕は、みんなの足を引っ張る、ごく潰しですから」
……………………ふーむ。
もしかして、こっちの方が闇が深そうな感じ?