19.温室栽培をしてみよう(1)
そういうことならさっそくアントンを呼び出し――とはいかず。
『殿下! お茶の時間なのにお部屋にいらっしゃらないと思ったら! 殿下が休まないでどうするんですか!!』
と遊戯室に乗り込んできたヘレナさんに強制連行。自室に強制送還。
『これだから殿下から目を離したくなかったんです!』とのお説教とともに部屋での休息を強要されてしまったので、翌日。
昨日よりは幾分か吹雪の落ち着いた朝の遊戯室で、私は再びトーマスと顔を突き合わせていた。
もっとも、今日は私とトーマスだけではない。
私への信用がまったくないヘレナが私に同行し、トーマス側にもアントンが控えている。
他の雑用係の面々は、明日の準備のため今回は不在だ。だけど彼らにも話は通っており、今後手が――特に力仕事が必要になった場合は協力をしてくれるという。
そういうわけで、部屋には四人。
相変わらず凍てつくように寒いけれど、吹雪が弱まったため鎧戸を開けて、昨日よりは少しだけ明るい部屋。
室内にもかかわらず外套を羽織り、白い息を吐きながら、私はトーマスの背後に控えるアントンを見た。
領主として、もちろん彼の顔と名前は知っている。
アントン。年齢は今年で二十九歳。妻と娘の三人で入植したが、現在は二人とも失っているらしい。
元は農夫で、怪我をしたのは昨年。農作業中に魔物に襲われてのことだった。
以来、傷こそふさがったものの足が上手く動かなくなっているという。
彼の後遺症は、トーマスよりもなお深い。足を引きずりながらもそれなりに動ける彼と違って、アントンは杖がなくては歩き回ることもままならなかった。
そのせいか、彼は普段から室内に閉じこもりがちだ。仕事で遊戯室にこもっているか、あるいは屋敷内に与えられた相部屋にいるか。外に出ることはめったになく、せいぜい食事時に顔を出すくらい。
それも、だいたい一番最後に来て、一番最初に帰っていく。ほとんど人前に姿を見せないその態度のおかげで、杖という目立つ特徴があるにもかかわらず、顔と名前が一致するまでに村で一番時間がかかってしまっていた。
そんな激レアキャラであるアントン。思えば、こうして近くで見るのははじめてかもしれない。
ついついまじまじと見てしまうけれど、なんとも幸の薄そうな顔つきの、村では珍しいくらいに線の細い青年である。
「……ふん。アントンは見慣れないか」
などと無遠慮に見ていると、トーマスが不愉快そうに眉根を寄せた。
いやまあ、常に不愉快そうな顔をしているので本当のところはわからないけども、とにかくあまり機嫌のよくない顔をして、彼は背後へ振り返る。
その不機嫌な目がアントンを捉えた瞬間。アントンはびくりと跳ねるように身を竦ませた。
「小心な奴だが、それなりには役に立つ。特に今回は農夫がいると便利だからな。こき使ってやれ。どうせなにをやらせても文句は言わん」
「………………」
ずいぶんと勝手なトーマスの言葉に、実際にアントンは文句ひとつ言わなかった。
ただ物言いたげに口を動かし、両手を開いたり閉じたりし、喉の奥まで出かかった言葉を飲み込むように口をつぐんで目を伏せるだけだ。
その様子に気付いているのかいないのか、トーマスは小さく鼻を鳴らすと再び私に向き直った。
「態度は気にするな。いつものことだ」
「いつものこと、って」
そのまま告げられた言葉を、思わずおうむ返ししてしまう。
う、うーむ。いつものこと。これが普段からの態度ってことか……。
……それって大丈夫なの? これ、見るからに怯えてない?
しかも『いつも』ということは、初対面の私やヘレナ相手に怯えているわけではない。トーマスと一緒にいて怯えっぱなしと言うことなのではなかろうか。
たしかに、トーマスは偏屈で愛想のない物言いで、あまり軽快にやり取りをするタイプではない。
見た目からして気難しく、常に不機嫌そうな顔をされていては、まあにこやかに相手をするのは難しいだろう。
とはいえ、彼とアントンは仕事仲間だ。普段から顔を合わせているし、いつも同じ仕事を任されている。仕事場では常に一緒の彼らは、互いに村の誰よりも傍にいる時間が長いはずだ。
それでこの態度。トーマスの過労も気になるけれど、こうなるとアントンの方もかなり気になる。
もしかしてこれ、別件の問題が控えていません? 住人同士の好感度まで考慮するタイプのゲーム、私あんまり得意じゃないんだけど……。
「……乗り気じゃないのなら、無理にとは言わないわよ」
ないんだけど、とは思いつつ、必要ならばやらねばならないのが領主の難しいところ。
まあ、私としてはアントンとはほぼ初対面。そのうえ、一言も言葉を交わしていない状態だ。
それで判断を下すのは早すぎる。まさか過労問題にパワハラ被害が潜んでいるなんて、さすがに憶測が過ぎるだろう。
なので、まずはかるーく探るように、アントンに呼びかけてみたのだけども。
「………………」
「こいつは『無理』とは言わん。さっさと話を進めろ。無駄飯ぐらいに無駄な時間を過ごす暇はない」
アントンは俯いたきりなにも言わず、トーマスだけがどんどん次へと進めていく。
不安そうにヘレナが私を見つめる中、私はなんとも言えず顔をしかめた。
うーん、いつものことながら前途多難の予感。