18.吹雪が来た!(4)
「――――わしに休みは必要ない。仕事の邪魔だから出ていけ」
はい撃沈。
問答無用の即答である。
そういうわけで現在、私は雑用係の作業場である遊戯室にいた。
もともとは男衆のための憩いの場として開放した遊戯室も、現在はすっかり雑用係のための革製品加工室。部屋で憩うどころか、未加工の革やら毛皮やら型紙やらが大量にかつ雑多に置かれていて落ち着かない。もちろん男衆が息抜きにやってくるはずもなく、部屋には偏屈老人トーマス一人きりだった。
見る限り、他の雑用係の姿もない。彼の仕事仲間のアントンもいない。どうやら、さすがにトーマス以外は休暇を取っているらしい。
ちなみに、部屋を訪ねている私の方も一人である。本日は吹雪休暇。村全体が休んでいるのに、ヘレナやらモーリスやらを働かせるのは忍びない。
今日は馬の世話もなく、授業も取りやめ。各人好きに過ごすようにと言い渡してある。
ヘレナの方は『殿下を見張っておかないとなにをするか……!』とかなんとか言っていたけれど、それも今日ばかりは不許可である。休めるときに休むのも仕事のうち。私の侍女が働いていては、休暇の勧告をするにも示しがつかないというものである。
もっとも、ヘレナを休ませたところで、示しがついたかどうかは別問題だ。
トーマスはちらりとも私に目を向けず、私の言葉に頷きもせず、それどころか作業の手を止めることすらもしなかった。
領主自らの休暇勧告中に、良い度胸である。褒めて遣わす――――と言いたいけれど、その前に。
遊戯室の扉の前。入ってきた扉もぴっちりと閉め、締め切った部屋の中。
私は両手で体を抱いて、震えながらトーマスに呼びかけた。
「…………この部屋、寒くない?」
意気揚々と部屋に乗りこみ休暇の強要。すげなく断られてから、改めて気が付く。
この部屋、寒い。そして暗い。
原因は、考えるまでも明らかだ。
暖炉の火が小さく、燭台に一切の火が入っていないためである。
――…………なんで?
昼日中で明かりが必要ない、と言うわけではない。
なにせ本日は吹雪。窓ガラスが割れたら大変なので、鎧戸も閉めてある。
外からの明かりは一切入らず、暖炉の火がなければ真っ暗だっただろう。
そんな暖炉の傍で、老人は黙々と作業をし続ける。この暗く寒い中、気にした素振りもなく。
「…………明かり、つけた方がいいんじゃない?」
「いらん」
「せめて、もう少し暖炉の火を大きくしたら?」
「いらん」
「もっと暖かいところで作業したほうが……」
「いらん」
「風邪ひいたらどうするの」
「しらん」
う、ううううん、聞きしに勝る偏屈っぷり。
会話が成り立っているのかどうかも疑わしくなってくる。
こうなるともはや憶測で考えるしかないけれど――この状態で考えられるのは二つ。
老人が極端に寒さに強いか、あるいは寒さを我慢しているかだ。
極端に寒さに強いだけなら結構。
だけど我慢しているならよろしくない。それは体調不良への第一歩。ご老人の体調不良は、不謹慎ながら死出の第一歩になりかねないのである。
しかもここに過労もドン。人より食事が少ないということは、栄養不足もドン。風邪をひいて倒れられたら、そのままドドンと行ってしまいかねなかった。
――これも、『ごく潰し』としての遠慮なのかしらね。
これもやっぱり憶測だけど、わざわざ寒さを我慢して火を抑える理由となると、薪の節約くらいしか思い浮かばない。
燭台を使わないのも、そうなると蝋燭の節約か。備品を使うことにためらいがあるのかもしれない。
マーサたちの話では、トーマスは長らく一人で生きてきた。自分のことは全部自分で世話をして、食糧も生活も賄ってきたのである。
それが不慮の怪我で、急に他人の世話にならなくてはいけなくなった。自分一人で生きていけず、他人の力を借りる必要が出てきてしまった。
それはきっと、さぞや居心地が悪いことだろう。
他人の親切は重く、疑わしく、落ち着かない。受け取るばかりでは耐えがたく、できるだけ同じ量を返したい。そもそもなるべく受け取らずにいたい。
そう考える気持ちは、よくわかる。
他人の善意は気味が悪い。受け取ることに慣れてしまえば、いずれ抜け出せなくなってしまう。受けとったものが大きければ大きいほど、多ければ多いほど、金銭よりもはるかにたちの悪い負債になるのだから――――。
なんて考えているかどうかまではわからないけれど、とにもかくにも現状のトーマスの環境は、あまり彼にとっていいものとは思えない。
彼の根本に『ごく潰し』という思考があるのなら、そこも含めて労働改革をするべきだろう。
では、このとんでもない偏屈老人のために、具体的にはなにをするか。
こほんと一つ咳ばらいをすると、私はトーマスへと呼び掛けた。
「――――休む気がないなら、ちょうどいいわ。一つ私からの仕事を頼まれてくれないかしら?」