18.吹雪が来た!(2)
「あたし、今日はゆっくり編み物でもしようかと思うんだ。去年からずっと中途半端になってたんだよ」
「あら、いいわね。わたしも一緒にいいかしら。端切れが余っているから、子供たちに人形でも作ってあげたいわ」
きゃいきゃい言いながら計画を立てるのは、最近めっきり魔物肉の毒抜きに追われていた炊事班の女衆だ。
その隣では、別の炊事班と子守り組が話し合う。
「今日は子供の面倒をあたしらで見てあげるよ。たまにはあんたらものんびりしな」
「あら、助かるけど悪いわよ、それは。あなたたちが休めないじゃない」
「いーのいーの。あたしらずっと外の作業だったし、こんなときじゃないとじっくり子供の顔を見れないからさ」
おやおや。
「いやあ、あの王女さん、ほっとうに人使いが荒いな! 丸太を運んだり薪を割ったり、いくらなんでも限界だよ」
「いい時に吹雪が来たもんだよ。これも神の思し召しかねえ」
「俺たちに『休め』って言ってくださってんだよ。こりゃ休まないと逆に罰が当たるぜ」
ほっと安堵したように笑い合うのは、薪集めに駆り出していた男衆だ。
彼らの横では、革鞣しを手伝わせていた男衆と雑用係がしんみり語る。
「なあ、あんたらは村に行っていたんだろう? 良かったら今日は、どんな様子だったか聞かせてもらえないか? ……ほら、俺たちは遠出できる体じゃなかったからさ、どんな様子か知りたいんだ」
「ああ、構わないぞ。思えば忙しくて、ゆっくり話す時間もなかったしな。つっても、村はひどいもんだったが」
「それでもいいんだ。少し、懐かしみたいだけだから」
おやおやおやおや。
「いいですねみなさん……僕は休めないですが……」
「まあまあ、先生、そう言いなさんな。医者って職業に就いたなら仕方ねえよ」
「僕、医者じゃないんですよぉおおおお…………!」
嘆くアーサーを慰めるのは、軽傷だった狩人たちだ。
それを横目に、看護師のエリンが膝に乗せたトビーの頭を撫でる。
「トビー、偉かったわね。領主様にちゃんと吹雪のことを伝えられて。おかげでみんな、安心してのんびりしていられるのよ」
「うん! おれ、ママの言ったことちゃんと覚えてたからね! ……でも、お馬さんたちは大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫。モーリスおじさんがちゃんとお世話をしてくれたから、今ごろはお馬さんたちも、自分のお部屋でゆっくりしているわ」
おーやおやおやおやおやおや。
これはなんとも予想外。
村人たちは、思いがけないくらいにあっけらかんとしていた。
隣でヘレナが安堵の息を吐くのを聞きながら、私は続々と人の集まる食堂を見回した。
暖炉には燃え盛る火。食事を求めてやってくる村人たちの、パタンパタンと開いては閉じる扉の音。食事はまだ準備中らしく、厨房に続く扉からは、いつものスープのいい香り――とは言えないが、まあまあ食べ物らしい匂いが漂ってくる。
吹雪のために窓は締め切られ、鎧戸も下ろされている。暗い食堂を照らすのは、テーブルに等間隔に据えられた燭台たちだ。
吹雪の荒々しい音が響く中でも、しかし村人たちは変わりない。
食糧事情を心配する気配もない。冬の長期化を恐れる様子もない。むしろ休みの予感に、普段以上に明るい顔で話し合っていた。
――…………杞憂だったわね。
季節外れの吹雪かと思ったけれど、こうなるともしかして案外珍しくもないのだろうか。
思えば初雪が例年より早いことにも、彼らは大きな反応を示さなかった。
例年はあくまでも例年と言うことか。彼らもここで暮らして四度目の冬。もしかして、雪のずれ込んだ年をすでに経験しているのかもしれない。
なんにしても、今回の私は気を揉みすぎだったらしい。
ま、石橋を叩いていればこういうこともよくあること。
こっちは叩いて壊れることを前提に動くものの、石橋は頑丈でそうそう壊れるものではない。最悪を想定して実際に最悪なんて、本来ならむしろ珍しいことなのだ。
だいたい、叩いて壊れないならその方がいいに決まっている。準備が無駄になってがっかり、ではなくて、これはラッキーと喜ぶべきところだろう。ラッキー!
で、その準備の方だけど、こうなると無理に温室栽培を急ぐ必要もなくなった。
温室栽培の目的は、食糧の入手に加えて村人たちのメンタルケアの要素が大きい。むしろ食糧の入手は不確定要素。確定的な効果として望んでいたのは、閉鎖環境で『なにもできない』という状況を作らないということの方だ。
だけど村人たちのこの余裕。少なくとも、ただちに心身不安定になるとは思えない。
不安になるとしても、せいぜい食糧が目に見えて減ってきてからだろう。となると、温室栽培実施までにかなりの猶予ができることになる。
食糧的にも栄養価的にも、できれば栽培自体は行いたい。でも薪も種も無駄にしたくはない。
そのためにも、まずは実験。小規模栽培。村人たちもこの調子なら、栽培に『すべての希望を託す』的な期待は賭けないだろうし、私一人であれこれするにも限度はあるし、適度に協力者を募ってもいいのかもしれない。
ふーむ。
…………と腕組みをする私をよそに、村人たちは相変わらず楽しげに今日の予定を話し合っていた。
ただ一人、食堂の端にひっそりと腰を掛ける、気難しい顔の老人を除いては。
「なあトムじいさん。あんたは今日、なにをするんだい?」
「わしは変わらん」
浮かれた村人の呼びかけに、老人は少しも浮かれた様子を見せず、気難しい顔のまま答えた。
「いつも通り仕事をするだけだ。ごく潰しに休んでいる暇なんぞない」
…………ふむ?