17.厳冬期を迎えよう(10)
温室栽培。
それは、ゲームでは高頻度で見かけるありふれた技術である。
その特徴は、温室と呼ばれる特殊な建物の中で作物を栽培することだ。
温室とはガラス張りの建物で、建物全体を暖める暖房装置を有するもの。ガラス越しに植物に日光を当てつつも、暖房で部屋全体を温暖に保つことで、季節外れの作物を育てることができる優れものだ。
さらに言うなら、開拓ゲーム的には燃料を消費し年間の食糧供給を安定させるという、露地栽培の強化版に位置づけられる。
プレイに必須ではないが、あると便利なアップグレードといったところだった。
が、しかし、これはあくまでゲームでの話。
現実では、温室はまだここまで安定した性能を持ってはいなかった。
なにせ暖房装置はシンプルに暖炉。我が国の技術では、まだ全面ガラス張りの建物を作るほどの力もない。作れるとしても、せいぜい壁の一面をガラスにするのが精いっぱいだ。
となると、温度は不均一で不安定。日光の照射量も露地栽培に比べてはるかに少なく、部屋の奥まではそもそも届きすらもしない。
こんな温室では、もちろん作物は満足に育たない。
作物の出来にはムラがあり、しかも露地栽培に比べてはるかに育ちも悪い。手間もコストもかけた挙句、ようやく作った作物の色は悪いし実は小さいしと、温室技術の先行研究者たちはずいぶんと苦戦しているらしかった。
そもそもの話、この温室自体が建造コストが大きいのだ。
昨今ではすっかりガラスが普及したとはいえ、透明でなめらかなガラスは未だ高級品。外と同じだけの日光を取り入れられるほど透き通ったガラスを、一面のみとはいえ丸ごと壁と置き換えるなんて、貴族かよほどの大商人でもなければ難しい。
おかげで温室の利用自体が、一部の好事家に限られる。さらにはそんな彼らの大半が、生産性の向上なんて興味も持っていないのだ。
彼らが温室を使うのは、冬の間も枯れない花園を自慢するためだ。温室を作るだけの財力があるのなら、そもそも作物など、南方の暖かい地域から取り寄せればいいのである。
そんなこんなで、我が国における温室栽培技術はまだまだ発展途上にある。ある程度の成果は見込めるものの、今のところコストと成果が釣り合っていないのだ。
と、ここまでが前提。
さて、長々と話をしたけれど、肝心かなめの一番重要な問題が一つ。
そもそもこの屋敷には、温室がないのである。
「…………さすがにこの状況で、大っぴらに言うには抵抗があったのよね。上手くいく保証がなさ過ぎて」
ううむと苦い顔のまま、私は一つため息を吐く。
念のための保険とは言うものの、あんまり頼りたくない手段でもある。メリットは大きいけれど、成功率は未知数で、失敗したときのデメリットもまた大きい。
「薪も使うし、種も使うし、手間もかかるし、水も用意しないといけないわ。冬は晴れ間も少ないし、だいたいいくら火を焚いたとして、この寒さで育つ作物ってあるのかしら?」
やれるとしても、屋敷の一番日当たりのいい部屋で、窓辺にずらっと鉢植えを並べることになるだろう。
一晩中暖炉の火を燃やさないといけないので、複数の部屋は使えない。何部屋も燃やし続けるだけの薪は、どんなに節約してもさすがに捻出できないからだ。
水は窓の外に山ほどあるけど、アーサーの話を聞く限り使い物にはならないだろう。ノートリオ領に振る雨雪は多かれ少なかれ瘴気に汚染されていて、植物にも影響を与えるのである。
で、これだけやって失敗したら、かけたコストがすべて無駄になる。
手間と時間と薪と種。ついでに食物を得られるかもしれないという希望。全部が露と消えたとき、村人たちの心情はいかばかりか。
どう考えても絶望。ろくなことになる気がしない。
「だから、今のうちにこっそり試しておこうと思ったのよ。できれば誰にも知られないようにね。私の部屋なら日当たりもいいし、他の部屋より暖炉も大きくて暖かいから、ちょうどいいわ」
「………………」
ヘレナは無言で、少しの間じっと私を見つめていた。
納得してくれたのかしないのか。探るように私の瞳を覗き込み、瞬き、息を吐く。
それから――――。
「殿下」
眉間にきゅっと皺を寄せ、低い声でつぶやいた。
それは責めるような声だった。
「つまり殿下は、一人で一晩中暖炉の火を燃やそうとしていたんですか? 一人で、私が寝かしつけた後も起きて、夜中に薪を足そうと?」
……………………。
ヘレナさん、過保護。