17.厳冬期を迎えよう(9)
「畑……ですか? ここが?」
ぐるりとあたりを見回して、ヘレナはピンとこない様子で首を傾げる。
まあしかし無理もないだろう。私がノートリオ領に来た時にはすでに収穫を終えたあと。この場所もすでに空き地になっていて、到着早々家探しをしたときも一見して畑であるとは見抜けなかった。
加えて、ここは前領主の建てた『いかにも』な貴族屋敷だ。
武骨な要塞ではない。籠城戦を見越した、実用重視の戦地の屋敷でもない。
王都やその周辺にあるような、争いを拒む美しく繊細な建築物。客人を招き、もてなし、自慢するための建物である。
こんな屋敷の庭は、普通は隅から隅まで飾り立てるものだ。
あるのはせいぜい、厩と庭師のための物置小屋くらいか。これらの建物も、庭木や垣根によって隠されて客人や主人の目には入らないように造られる。
計算し尽くされた庭に、余分な土地は存在しない。畑を作るくらいなら、その場所に珍しい花の一つでも植えるのが、洗練された貴族の屋敷と言うものだ。
仮にも貴族で、王都での生活が長いヘレナは、そのことをよくわかってるのである。
そして、だからこそ不思議がるのだ。
「おっしゃられてみれば、確かに不自然な空き地ですが……本当に畑なんですか? なんでこんなところに?」
「畑なのは間違いないわ。執務室に屋敷の敷地に関しての資料があって、そこに書いてあったから」
身も蓋もない回答だけど、この辺りは領主特権。必殺・前領主の残した資料あさりである。
実のところ、結構前からこの畑の存在には気付いていて、私も奇妙に思ってはいたのだ。
どこもかしこも貴族らしいこの屋敷において、なぜか存在する場違いな畑。
前領主の趣味とも思えず、前領主が呼び寄せた農学者のためのものだとしても、なんでわざわざ屋敷の敷地内に作る必要があったのだろう?
さて、ここで思い出すのがアーサーの話。
前領主の連れてきた農学者が調べていたという、『瘴気の影響が少ない地点』についてだ。
執務室か書庫に資料があるだろうと言うので探してみたら、大正解。農学者が目を付けたいくつかの地点の中に、見覚えのある土地が存在した。
つまりこれがどういうことかというと――。
「ここは、前領主が作った隠し畑だったのよ。村から作物を徴収しつつ、自分は『安全な作物』が取れる場所をこっそり隠し持っていたってわけ」
税を徴収する側のくせに隠し畑とは、なんとも狡い。なんともせこい。
しかしこれで、ずっと謎だった飼い葉の出どころも分かった。
ここで麦でも作っていて、その干し草をため込んでいたのだろう。もちろんこの畑だけでは足りないので、村から強制徴収した麦の分も含まれているのだろうけども。
と、このあたりで畑についての説明は終了。
まとめると、ここは畑であり、安全な作物が収穫できると考えられる場所。
ただしやはりアーサーの言葉では、あくまでもこの『安全』は他と比較しての話。雨雪に瘴気の混ざるノートリオ領では、恵みの雨も大敵だ。できれば雪の染み込んだ土は避けたくて、ぬかるみの下を掘ってみようとしていたのである。
「畑…………」
ヘレナは足元を見つめ、ぽつりと呟くようにそう漏らした。
顔を見るに、しかしまだ納得はしていないらしい。眉間に皺をよせ、いかにも訝しげに私を見る。
まあ、それも当然。まだ本命の質問には答えてないからね。
「ですが、それで作物を育てるってどういうことですか? この寒さでは、とても芽が出るとは思えませんが……」
うむ。
それじゃあ言いたくないけど答え合わせ。
私がやろうとしていたのは、ゲームでは王道、我が国ではかなり邪道。というかほとんど知られていない。ガラス技術の発展により、昨今新しく模索されているという発展途上の新栽培法。
「――――温室栽培を試してみようと思ったのよ」