17.厳冬期を迎えよう(8)
まっこと心外ながらも、しかしいつまでも脱線してはいられない。
腑に落ちない気持ちはさておいて、雪に埋もれたまま悶え続けるモーリスもさておいて、そろそろ作業の続きである。
というわけで、スコップを握りなおしてやってきたのは空き地の中心部。
どこをどう、と具体的に決めたわけではないけれど、なんとなく早めに雪かきが終わってしまったこの中心部で、私はおもむろにしゃがみ込む。
なにをするかと言えば、地面の観察だ。雪と霜で覆われていた表面は、今は散々踏み荒らされたせいかぐずぐずに溶けている。
さすがに日中だからか再度凍り付くような様子もない。完全にぬかるみの状態になっていた。
――ふむ。
それじゃあ手袋を取って、触手で点検。変な意味ではなく。
指先で軽く土に触れて、感触を確かめてみよう。ぬちょっ。
「………………ううん、別に普通の泥ね」
見た目そのまま。実に普通の水分の多い土である。
少しすくって手のひらでこねてみるけれど、なにかしら変わったものは感じられない。
土に触れた手が少ししびれるような気もするけれど、ここまで寒いと瘴気のせいなのか冷たさのせいなのかもわからない。
あるいは、比較すれば多少は違いもわかるだろうか。少し穴でも掘ってみようか――――。
「で、殿下! ちょっと目を離した隙に、なにをなさっているんですか!?」
と思ったところで、背後から悲鳴が上がった。誰の悲鳴であるかは、もちろんのこと決まっている。
視線を向ければ、雪かきを続けていたヘレナが大慌てでこちらに向かってくるところだった。
「まったく、相変わらず油断も隙も無いんですから! 殿下の奇行には慣れっこですけど、仮にも王女でいらっしゃるのですから、こんなところで泥遊びは――――」
「遊んでいるわけじゃないわよ」
なんだか失礼なことを口走るヘレナに、私は短く否定を返した。
別に私は泥遊びをするつもりもなければ、伊達や酔狂でこんな庭の端まで来たわけでもない。真剣に、これが村のために打てる次の手段になると思っているのだ。
「ヘレナ、ちょうどいいから、そのスコップでちょっとこの下を掘ってもらえる?」
「この下?」
そう言って、ヘレナは私が指さす先を見る。
指の先にあるのはぬかるみ。雪かきの終わった、なんの変哲もない地面だ。
「………………」
その地面を少しの間見つめてから、ヘレナは眉間に皺を寄せた。
顔に浮かぶのは、隠しもしない訝しさだ。小さく首を横に振ると、彼女は眉根を寄せたまま私を見る。
「………………殿下、いい加減に説明をしてくださいませんか?」
口にする声は低く、真剣そのものだ。
叱る――とは少し違うけれど、咎めるような、非難の調子がある。
「私だけでなくモーリスさんまで巻き込んで、いったいなにをなさろうとしているんです」
――む……。
むむむむむ……さすがに説明なしでここまで付き合わせるのは無理だったか。
そもそも説明のないままに、仕事中に割り込まれて強引に連行され、挙句に人の通らない庭の端の雪かきと唐突にやらされて、ここまで黙って従ってくれたことの方がありがたいのだろう。
だけど、さすがのヘレナも我慢の限界。未だ雪に埋もれるモーリスを横目に、彼女は私にじっとりとした視線を向けてくる。
ううん、これはさすがに誤魔化せない。
あまり言いたくはなかったけれど、白状するしかないだろう。
私は大きく息を吐くと、致し方なく重たい口を開いた。
「…………土を持ち帰ろうと思ったのよ」
「土を?」
ヘレナの眉間に皺が深くなる。
わけがわからないと言いたげな彼女の目からそっと視線を逸らし、代わりに私は周囲を見回した。
空き地の周囲。見えるのは、この場所を取り囲むように植えられた木々たちだ。
今はすっかり葉を落とし、丸裸になっているあの木々は、しかし庭に植えられているものとはずいぶん違う。
見栄えの良さのために刈り込まれてはいない。庭の景観のために枝を落とされてもいない。手入れをされている形跡はあるものの、それは見栄えの良さにつながっているとは思えなかった。
これらの木々が、いったいなんの種類のなんという名の木なのかはわからない。葉もない裸の木を見て、種類を同定できるだけの知識は私にはない。
だけど、一つだけ予想できることがある。
おそらく――ほぼ間違いなく、ここに見えている木々は『果樹』であるはずだ。
そう思うだけの根拠は、この場所にある。
「『畑』の土がほしかったの。――どうせ作物を育てるなら、なるべく瘴気の影響の少ない土の方が良いでしょう?」
屋敷の前庭に作られた、前領主の趣味には似つかわしくない『畑』。
今は空き地となっているその場所で、ヘレナが思いがけない言葉を聞いたというように瞬いた。