17.厳冬期を迎えよう(3)
正味な話、七日分の食糧不足は『厳冬期明けまで生き延びる』という点においては、不可能ではないと思う。
人間、水だけで一週間は生きられると聞いたことがある。ここまで厳しくはしなくとも、日々の食糧を少しずつ減らせば、誤魔化し誤魔化し一週間の穴を埋めることはできるだろう。
ただし、ただでさえもともと一日の食糧を減らしている状況だ。
こういうちょろまかしの延命措置は長くは持たない。
厳冬期が明ければ、狩人たちは再び狩りに出る必要がある。ただ単に『生き延びる』だけではなく、最低限この狩りのための体力が残っている状態にしなければならないのだ。
だからこそ気になるのは、『厳冬期の明けた二月末に、外に出られる状況になっているのだろうか?』ということだ。
雪の具合はどうだろう。寒さはどれだけ厳しいだろう。瘴気は薄くなっているだろうか。吹雪はもう起きないだろうか?
そして重要なのが一つ。
本当に、厳冬期は二月末に明けるのだろうか?
例年通りであれば、吹雪が出て外出が難しくなる『厳冬期』とみなせる期間は、十二月を過ぎてから二月の終わりごろまで。余裕を見て計算上は三か月をしているが、本来ならばもっと短いはずなのだ。
これなら一週間の食糧不足も問題にならない。無事に厳冬期を乗り越えられてよかったね、という話で終わる。
終わらないのは、『例年通り』ではなかった場合だ。
天候は人の思惑通りには動かない。去年と今年で、同じ日に同じように雨は降らない。ことさら暑い夏もあれば、妙に涼しい夏もある。
そしてこれは、冬も同じことだ。
…………引っかかるのは、今年の降雪の早さ。
ノートリオ領に初雪が降るのは平均して十月末から十一月頭ごろと聞いている。
だけど今年は、十月半ばにはもう雪が降っていた。
――先住民がなにも言わなかったということは、極端に変な気候ではないのでしょうけれど……。
長く草原に生きる彼らのこと。異常気象にはすぐに気が付く。
瘴気の異常を教えてくれたのに、異常気象は黙っているとも思えない。きっと今年の冬もまた、草原では珍しくない範疇ではあるのだろう。
だけど、こちらは一日二日の違いさえ命取りになる状況なのだ。
すでに食糧はカツカツ――どころか、明らかに足りていない。瘴気は増し、もう魔物狩りに出るのも危険すぎる。
今の私は、万が一にも村人たちを死なせることはできない。すでに村に魔物が入り込んでいる現状、もう再び狩りをさせることはできなかった。
これがただ単純に、例年よりも冬の到来が早いというだけならいい。
冬の終わりは変わらず、厳冬期も二月末には開けているなら問題ない。
だけどこれが、冬が長引く兆候だとしたらどうだろう?
今年の冬が、例年以上に厳しいのだとしたらどうしよう?
例年以上に厳しい冬に、村人たちが気付いてしまったらどうしよう??
もう屋敷の外には出られない。村人たちは、深まる冬を前に部屋に閉じこもるより他にない。
空が荒れ、吹雪が吹き、白く染まる世界を見つめながら、なにもできないまま日に日に減っていく食糧に怯えることになるのだ――――。
……………………う~~~~~~~~~~~~~ん、だいぶ無理!!
これはたぶん、メンタルがもたないわ。
冬が長引けば、例の大部屋すし詰め計画も実施されているだろう。
節約のために、食事量も減らさなければならないだろう。
寒さは厳しくいつまでも冬は明けず、刻一刻と状況が悪くなっていく中で、平常心でいられる村人がいるとは思えなかった。
たぶん、マーサが言うように一息ついていられるのは最初のうちだけ。
冬はただでさえ精神が不安定になりやすい季節。のんびりできるはずの休暇は、そのうち『やれることがなにもない』という不安に変わっていく。きっと日を追うごとに、村人たちは精神的に追い詰められていくことになるだろう。
まあ、本当に冬が長引くかはわからない。こればっかりは、気温が上がり吹雪が減り出してからようやくわかることだ。
しかし、その場になってからでないとわからないというのもまた厄介。こちらとしては、最悪の事態を想定して動かざるを得ず、食糧も薪も早い段階で節約の決断をしなければならないのだ。
……と、このあたりでまとめてみよう。
現在の私が抱いている懸念点は、大きく三つ。
食糧不足と、厳冬期が長引く恐れ。
そして、これらによって起きるであろう村人たちの恐怖と不安の顕在化。
すなわち――閉鎖空間における集団パニックの発生である。