15.村人の信頼度が低いと命令を聞かないことがあるぞ(1)
納得がいかなかった。
どうしても、受け入れられなかった。
魔物が活性化しているという話を疑うわけではない。
瘴気が濃くなっているという話は、紛れもない事実だろう。
どこかで今年の狩りを終える必要があることは、自分たちだって理解している。
だけどそれは、『今』ではないはずだ。
まだできる。まだやれる。今が一番調子がいい。
魔物の狩りには慣れてきた。
どうやって身を潜め、どうやって魔法から逃れ、どうやって仕留めるのか。
どこを射れば効果的で、どこを切れば瘴気が噴き出し、どこから捌けば安全なのか。
二か月近く続けた狩りのおかげで、もう体に染みついている。魔物のことなら、自分たちが一番よく知っている。
食糧庫に鍵をかけたのはどうでもよかった。
冬を越すためにどれくらいの食糧が必要で、一日に食べられる量がどれくらいなのかもよくわからない。
たぶん、あの奇妙な王女がそう言うのなら『そう』なのだろう。他の村人たちはともかく、狩人たちはみんなそう思っている。
納得がいかないのは、狩りについてのことだけだ。
どんな前世の記憶があろうとも、前世でどれだけの領地を治めて来ようとも、『今』弓を持って狩りに出ているのは自分たちだ。
まだできる。俺たちはやれる。魔物はもう、恐ろしい相手ではない。
実際に狩りをしたこともないあんな小さな子供に、なにがわかるものか。
〇
狩猟の中止命令から三日目。
薪となる木材を取りに、村の男たちは今日もまた連れ立って村へと降りていた。
村はすっかり様変わりし、廃墟の立ち並ぶ場所となっていた。
家々は魔物の魔法によって崩壊し、次々に解体されていく。生活の気配はなく、燻るような煙のにおいが立ち込め、冷ややかな空気に満ちている。
解体する建物は、年明け以降も狩りに使用することを見越して、なるべく防壁に使わないだろうところから。
煙のようにくすぶる不満を抱えながら、誰もが無言で作業をする。
時折聞こえるのは、馬の足音と嘶き声。
魔物が現われるのを警戒して、王女の連れてきた護衛たちが村の周囲を見回っているのだ。
だけど、本当に警戒されているのは自分たちだろうと思っていた。
解体作業にも参加せず村の人間たちを見つめる彼らは、王女の監視の目だ。
ちらほらと雪の降る、寒い日だった。
しびれるような冷たい風の吹く、晩秋の日。
村に魔物が侵入した。
昼日中。護衛たちの監視が気に食わず、村の外れで数人だけで解体作業をしている最中。
魔物狩りに慣れた狩人たちの前に現れたのは、恐れるほどのことはない。
村に仕掛けた鳴子にも引っかからないほどの、ほんの小さな、膝丈くらいの鼠の魔物だった。
〇
『魔物が出たら、すぐに見回りをしている護衛たちを呼んで。絶対に自分たちで対処しようと思わないで』
屋敷を出る前はいつも、王女からくどくどしく言い聞かされていた。
今は魔物が活性化している。どんな行動を取るか予測がつかない。狩りの時と同じと考えてはいけない。
魔物とは、本来は危険な生き物。決して手を出さずに逃げること。
その言葉を忘れたわけではない。
それでもやれると思った。
それだけの自信があった。
いつも相手にしているのは、この数倍はある魔物だ。
こんな小さな魔物の一匹、なんということはないと思ったのだ。