14.食糧を集めよう(4)
この三日で何を調べていたかと言えば、もちろん瘴気の変化についてだ。
あの引きこもりの仮医者アーサーを引っ張り出して、現在の瘴気濃度のチェック。
自分の研究に没頭しすぎて時間経過を忘れていたこの男、外に出た途端に愕然と膝をついてこう言った。
「ああああああ! しまったああああ! もうこんなに瘴気が濃くなっているなんて、今年は当たり年だから入念に記録を取ろうと思ったのにぃいいいい!!!」
なーにが『当たり年』じゃ。
こいつに村の運営を任せなくて良かったわ。
この調子じゃ瘴気研究に気を取られて、今ごろうっかり村が滅んでいるわ。
なんでも前年までの記録まとめに忙しすぎて、本命の今年の記録まで手が回っていなかったらしい。
泣く泣く今から記録を取り出したアーサーによると、現在の瘴気濃度はぐんぐん上がっている最中。濃度の変化に多少の波はあるものの、おそらく今がピークということはなく、まだまだ増え続けるだろうという話だ。
薬品を使った大気中の瘴気濃度測定と、天候や山の様子、これまでの経験則から言って、おそらく本当のピークは年明けごろ。この時期は、なるべく外出も控えた方がいいとのことだ。
ノートリオ領は瘴気が濃いとは言うものの、基本的にはその場にいるだけで人が倒れるほどではない。とはいえ、これは結構個人差が大きい。
瘴気に弱い人間はとことん弱く、体に影響が出ることもあるかもしれない、とのことである。
瘴気のピークは年明けから数週間ほど続く見込み。それから徐々に引いて行き、およそ数か月ほどで元の状態に戻るというのが、現在の見通しだ。
ただし、このあたりはかなり先の話になるので、観測の経過によって変動は大いにありえるという。
「今の段階で観測を再開できたのが不幸中の幸いでした……! なにか気付くことがあったら、また連絡しますので!!」
なーにが『不幸中の幸い』じゃ。
この男、根が善人でなかったら単なるマッドサイエンティストである。
というアーサーを相手にする一方で、カイルたち護衛にも話を聞いていた。
彼らによると、村の周囲に残る足跡は日増しに増えているらしい。
ただし、今はまだ村の中まで入り込んでいる様子はない。張り巡らせた罠のおかげだろうというもの彼らの話だ。
このせいで、私が決めた『村に魔物が侵入したかどうか』という狩りの継続判断基準に、ここまで引っかかることがなかった。
魔物の変化自体には気付いていたものの、狩りは好調。計算上、食糧もまだ備蓄する必要がある。近々報告を入れるべきだろうと思いつつ、魔物の侵入があるまではと様子見をしてしまっていたそうだ。
う~~~~~ん、自滅。
この判断基準の設定が悪かったのか。いやしかし、罠自体は夜間の魔物侵入を防ぐためには必要で、村への侵入が危険域という認識も間違ってはいない。
じゃあどうすればよかったの、という話だけど、このあたりの後悔は後にして。
…………いやー、狩りが上手くいっていたの、たぶん慣れのせいじゃなかったね!
もちろん、まったく慣れがなかったとは言わない。おかげでたいした怪我もせず、安定して狩猟ができていたのだとは思うけど、狩猟数が増えた部分については慣れ以上に瘴気の影響が強かったのだろう。
だってこの狩り、獲物を定めた後はやることが固定化されている。
誘き寄せて村に入れて、特定ルートを通って仕留める。経験を積めば手際も良くなりはするけれど、ここでの時短には限度があるのだ。
今村で行っている魔物狩りにおいて、一番時間がかかるのは魔物ガチャ。撒き餌に魔物が喰らいつくまでの早さと、それが目当ての獲物であるかどうかの選定がボトルネックになっていた。
魔物の選定が早くなっている、というのはつまり、撒き餌に獲物がかかりやすくなっているということだ。さらに、それが目当ての獲物であるともいうこと。
草食獣型の魔物は、肉食獣型に比べると警戒心が強い。
いかにもな撒き餌にすぐに飛びつかないし、他の魔物に先を越されたら、争わずにそのまま去っていくことも多い。
そんな草食獣型の魔物が頻繁に撒き餌にかかるというのは、凶暴化して警戒心が薄れているか、シンプルに魔物の数が多くなっているかである。どっちにしてもろくでもない。
そしてなにより、狩猟数の増加ペースが不吉すぎる。
一か月近く四頭狩りが続いていたのに、ここ三日で六頭、七頭、八頭だ。
狩猟のチャンスなんて言っていられない。村に魔物の侵入がどうこうなんて、もはや判断基準にもならなかった。
こんなペースでは、明日にでも魔物の大暴走が起きかねない。
もう問答無用で狩りは中止。外に出るのも必要最低限。魔物との接触のない範囲で、必要な薪の回収だけを可及的速やかに終わらせる。
以降は一切の外出禁止だ。
次に外に出られるのは、年始の瘴気のピークを越えて、せめて一か月か二か月経ってから。
それまでは鉄門をぴっちりと閉ざして、屋敷の中で引きこもり生活である。
やったね、念願の長期休暇だよ!
と、前向きに受け止めてくれる人間は、しかしもちろんいるわけもなく。
「………………なにが、『異論は認めない』だ」
狩りは絶好調。魔物は狩り放題。腕に自信もついてきて、これからますますやる気も出るというところ。
そんなところでの打ち切り宣言に、不信を買いすぎていた私の信頼度は下方向に突き抜けた。
「狩りをしているのは俺たちだぞ。屋敷にこもっていて、なにがわかるってんだ」
しびれるような風の吹く夕暮れ。
通用門の前に立ち、魔物の死体の影でぼそりとつぶやく狩人の声が、私の耳には届いていた。