14.食糧を集めよう(3)
今回の成果は偶然であってほしい。
という私の願いも虚しく、猟は好調を維持し続けた。
大慌てで調べ物に奔走する私を横目に、翌日は同じく六頭。さらに翌日は七頭。
そして約束の三日はと言えば――――。
「入れ食いだ!! 神様が俺たちに恵みを与えてくださったんだ!!!!」
日暮れ前の通用門。しびれるような冷たい風の吹く日に、屋敷へと戻って来た狩人が叫ぶ。
雪の上に並べられた魔物は合計八体。どれも体つきの立派な、草食獣型の魔物だった。
「狩りの手を休める暇もない! いくらでも狩れるんだ!! これで冬は安泰だぞ!!」
狩人が叫び、村人たちが歓声を上げる。
顔には喜びが満ち、今度こそ満足に食べられるだろうという期待が浮かんでいる。
そんな彼らを本日も後方で眺めながら、私は思わず天を仰いでいた。
は~~~~~~~終わった!!!!
視線の先には、そびえたつ聖山。
すっかり雪に染まった山からは、ノートリオ領を凍えさえる北風が吹きつける。
ピリピリと痛むような風。増え続ける獲物。しかも、もう偶然とは言えないハイペース。
確定だ。これは単なる幸運ではない。
今回の好調には、明確な理由がある。
「――領主さん! 今日こそはお腹いっぱい食べていいんだろう!?」
天を仰ぐ私へ、人だかりの中からマーサが呼びかける。
明るい声には、もはや三日前の不満は微塵もない。目の前の成果に興奮しきった様子で、彼女は顔を真っ赤にして私へと振り返り――。
「これだけあれば、領主さんだって文句は――――」
ない、と言おうとした口の形のまま、私を見て瞬いた。
「…………領主さん?」
訝しげな顔に、戸惑ったような眉間のしわ。いっそ心配するような声。
周囲の村人たちも、彼女の反応に釣られるようにして振り返る。
喜びに沸く彼らの困惑の視線を一身に受け、私はようやく息を吐いた。
深い深い、溜息である。
「――――悪いけど」
今の私が浮かべるのが、喜びの表情でないことはわかっていた。
この大成果を前に、場違いなくらいに暗い顔。気が重く憂鬱で、張り詰めたように強張った表情をしていることだろう。
「今日の食事もいつも通りよ。残りは全部備蓄に回して」
そう言いながらも、頬にはピリピリとした痛みを感じ続けている。
寒さのせいもあるだろう。しびれるような冷たさに、実際にしびれてもいるのだろう。
だけどたぶん、それだけではない。
寒さのせいで気付きにくかっただけで、ずっと前から変化は起きていたはずだ。
この痛みは、魔物が魔法を使う直前の空気に似ている。
「今日限りで、狩りは終わり。明日からは動ける男手全員で村に行って、取れるだけの薪を取って戻ってきてちょうだい」
「な……なんでだい…………?」
私の言葉に、マーサはますます戸惑ったようだった。
もはや三日前のように怒りもしない。嘆きもしない。ただただ、意味が分からないと言いたげだ。
「狩りは終わり……って、まだまだこれからじゃないか! 雪も今は深くないし、寒さだってまだ問題ないだろう?」
たしかに、当初の予定ではまだ狩りを続けるはずだった。
厳冬期まであと二週間。ギリギリまで狩りをして、真冬のための食糧をかき集める。
そういう計画だったし、そうしなければ食糧集めが間に合わない計算だった。
だけどこうなっては、計画を変更せざるを得ない。
「狩りは終わりって、まだこれからじゃないか! こんなに上手くいっているのに、どうして――――」
「魔物が活性化しているわ」
マーサの疑問に、私は短く断定する。
頬が痛む。風が吹くたび、ピリピリとしびれる。冷たい息を吐く私の顔は、凍り付いたように強張ったまま動かない。
狩りの成果には理由がある。運でもなく、偶然でもなく、もちろん神の恵みでもなんでもない。
本来なら、雪が深まるごとに狩猟は難しくなっていく。特に慣れない地、慣れないやり方では、足元の悪さは致命的だ。
狩猟の成果が減ることはあっても、増えることはあり得ない。少なくとも、私たち村の人間側の力では、どうやっても増やすことはできなかったはずだ。
この変化の原因は草原の方。
私が見落としていた、計算から漏れていた項目だ。
「瘴気が濃くなりすぎているのよ。これ以上の狩りは危険と判断するわ。――村に魔物が侵入する前に、薪を回収することを優先。異論は認めないわ」
冬に向けて濃くなる瘴気の存在。それによって引き起こされる魔物の活性化。
雪よりも天候よりも早く、瘴気による時間切れが来てしまったのだ。