14.食糧を集めよう(2)
いや、いやいやいや。
なんで?
なんか成果が増えるような余地あったっけ?
狩人たちが戻って来た屋敷の通用門には、声を聞きつけて多くの村人たちが集まっていた。
見たこともないほどの大収獲に人々がどよめき、他の人にも知らせようと駆けて行き、新たに人を連れて戻ってくる。
通用門の周辺には人だかりができ、狩人たちを取り囲んでの歓声が上がっていた。
私は後方で、そんな人々の騒ぎを見つめていた。
眉間には無意識にしわが寄る。
吉報であるのは間違いないのに、どうしても素直に喜べない。
立ち尽くす私の横で、同じく駆けつけてきたヘレナが興奮気味に私の顔をのぞき込んでいた。
「すごいですね、殿下! まさかこんなに上手くいくなんて! 殿下が魔物を狩るとおっしゃられたときは、『なにをまた突拍子もないことを』としか思えなかったのに!!」
失礼な。
いやあんまりにも失礼なんだけど、しかし今は否定もできない。
『こんなに上手くいく』なんて、私自身でも思っていなかったのだ。
「この調子なら、冬の分の食糧もあっという間ですよ! 余裕だって出るかもしれません! 殿下の計画、いつもギリギリで本当に不安になりますからね……!!」
そう、ギリギリ。
計算上はギリギリのはずだった。
私だって、別に望んでカツカツでやりくりしているわけではない。
できれば早く余裕のない状況を脱し、生産ラインを安定させ、新規の設備のアンロック、さらなる村の発展へ――と行きたいのだ。
それでもギリギリなのは、それが考えられる上限値だからである。
これ以上の収集量は見込めない。できる限りかき集めても、ここまでしか得られない。
余剰の出る余地はない、はずだったのだ。
――いいえ、むしろ下振れする可能性の方が大きかったはずだわ。
護衛や馬たちにとっては、初めてのノートリオ領の冬。雪は深まり、寒さは増し、動きも鈍くなるだろう。
真冬に向かうにつれて、条件は悪くなっていく一方だ。
もとより狩人たちに無茶をさせている自覚はある。
他の仕事を巻き取り、狩りだけに集中させているとはいえ、人数的にも仕事内容的にも無理を通している状態。これで、なぜ成果が増えることができたのだろう?
――慣れ? 経験値? 単に運が良かっただけ?
それがまったくない、とは言わない。
生き物相手なら、思いがけず幸運に巡り合うこともあるだろう。
たまたま、狩りのどこかで運が積み重なった。たまたまなにかが上手くハマった。
もしもそうだったとして――――。
「………………殿下?」
その幸運は、どこに入り込んだものだろう。
これだけの成果を出すだけの『余白』が、いったいどこの工程にあったというのだろうか。
「殿下――――」
「――みんな、今日はごちそうだよ! これだけあれば、今日くらいはお腹いっぱい食べても、領主さんも文句は言わないはずさね!」
なにか言いたげなヘレナの声を遮って、人だかりの最前列にいたマーサが大きく手を叩いた。
炊事担当の女衆が大きく頷き、男たちが笑みを交わして、子供たちが顔を輝かせる。
喜びと期待に満ち、浮足立って獲物を下ろす村人たちに、しかし私は慌てて制止の声を上げた。
「待って!」
言いながら、人だかりを割って最前列へと出る。
向けられる訝しげな視線に、正直『まずい』とは思ったものの、ここは譲るわけにもいかなかった。
「――――待ってちょうだい。食事はいつも通りにして。一番大きな獲物を選んで構わないから」
「領主さん? ……なんでまた、これだけの成果を前にして」
マーサは驚き、それから戸惑ったよう表情を歪めた。
私の顔をじっと見つめ、本気であることを察したのだろう。その顔が、今度は怒りと嘆きに代わっていく。
「もうずいぶんと我慢してきたじゃないか。こんなにあるのに食べられないなんて、あんまりだよ……!」
くしゃりと歪むマーサの顔。
苛立ちを押し殺すような震える声。
それでも、彼女はまだ感情を抑えている方だろう。
周囲を見回せば、刺すように冷たい目をした村人たちの姿がある。
彼らの瞳に浮かぶのは、不満と不服――あらわな不信感だ。
胸の奥でくすぶるような暗い疑念が、まっすぐに私へと向けられている。
その理由には、心当たりがあった。
…………鍵だ。
マーサの視線が、厨房から繋がる地下食糧庫の方へと向かう。
「魔物を狩ってきたのは村のみんななのに、食糧庫に鍵までかけて、あたしらを近づけないようにして……! そんなの、そんなんじゃ、あいつと――――」
続く言葉を、マーサはこぶしを握って呑み込んだ。
だけど言わんとしていることは想像がつく。
飢える村人たちを横目にしての、食糧の徴収、独占。
今の私は、前領主と同じことをしている。村人たちはそう思っているのだ。
希望が見えたときほど、裏切られたときのショックは大きい。
一頭も獲物がなく飢え続けるよりも、大量の食糧があるのに一頭しか食べられないことの方が辛い。
その辛さを呑み込ませるほどの信頼を、私はまだ得ることができていなかった。
「…………殿下」
いつの間にか傍に来ていたヘレナが、心配そうに私を見る。
そんな彼女に一瞥を返すと、私は不信の目を向ける村人たちを見回した。
「…………悪いけど、もう少し我慢してもらうわ。あと一週間――いいえ、三日だけでいい。あと三日、様子を見させてちょうだい」
嫌な予感がする。
あちこちに爆弾を抱えているような、冷たい予感だ。