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幼馴染 / 魔物退治屋とネクタイ職人 / 式典 / 魔物襲撃 / 異世界




 セッテピエゲ。

 七つ織りのネクタイを指す。

 通常の二倍の生地を用い、熟練した職人の手仕事によって、一本一本仕立てられている。

 一番の魅力は、その軽やかな巻き心地とエレガントなドレープ感。

 通常は芯地を用いてネクタイを成型するが、セッテピエゲには芯地を用いない。

 その代わりに一枚のシルク生地を七つに折り畳み、剣型のネクタイ型に仕立てる。

 シルク生地の軽さと畳む事による柔らかな作りによって、まるでスカーフを巻くかのような優しい巻き心地に仕上がる。






 漸く君に贈る事ができます。

 幼馴染の華寿かじゅがネクタイ職人に弟子入りして十三年が経った頃だ。

 華寿が誇りを滲ませた微笑を浮かべながら、美雷みらいの首に巻いてくれたのが、セッテピエゲだった。

 芯入りネクタイを十年作らないと作る事ができないと言われるネクタイ。

 魔物退治屋としての活躍が認められた美雷が、国王から直々に祝いの言葉と共に勲章と記念品を下賜される事になったと華寿に言ったら、首に巻いてくれたのである。


 絶対に汚さない。

 美雷がそう言うと、別に汚しても構わないですと華寿は言った。


『何度汚しても構いません。邪魔でしたら解いても構いません。私が君に贈りたいというただの自己満足ですから。今すぐに引き裂いてしまっても構いません。君はネクタイは苦手だって言っていましたしね』


 そんな事をするわけがないだろうと心中で青筋を立てながらも、美雷は好きにすると言った。


(何で俺がおまえがくれたもんを粗末に扱えるんだって。絶対に式典が終わったら、綺麗なまんまのこのセッテピエゲをおまえに見せに行くんだって。決めてたのに。この様かよ)


 これが退治屋の宿命か、なんて、ばかげた思考が何度も何度も過ぎ去っていく。

 式典に魔物が突如として襲いかかって来た。

 しかも、上級中級下級の魔物が何十体も入り乱れて攻撃してきたのだ。

 魔物のパーティー会場かと突っ込みながら、王国の騎士と共に次から次へと魔物を退治していく。

 どこに怪我を負おうと返り血も浴びようと構わない。

 セッテピエゲさえ綺麗なままだったらそれで構わない。

 そう、決意して、無言実行できていたのだ。

 騎士三人と共に上級の魔物を退治するまでは。


(あああっ! くそっ! あのクソバカ騎士めっ! 小間切れにしやがって! 返り血を全部躱せなかったじゃねえか! くそくそくそっ! よりによって………綺麗なまんまで会いに行って。おまえがこれからも、俺の首に巻いてくれって。解いてくれって。言うつもりだった。ってのに、よ)


「美雷」

「華寿。あ。これ。いや」


 無事にすべての魔物を退治し終えた美雷は王室の医者に診察を受けたのち国王から城の浴場を使うようにに言われたが、町の風呂屋がいいと辞退して血塗れの状態のまま、道を歩いている時だった。

 建物の間から華寿が現れたのである。

 魔物の血塗れになるなんて未熟以外何者でもない。

 騎士に罵詈雑言を浴びせたが、八つ当たりでしかないのだ。

 一流であれば、華麗に躱せたのだ。

 こんな無様な姿を見せたくなかったと、美雷は臍を噛んだ。


「………魔物の血。ですよね?」

「ああ」

「怪我も感染症も何もないですよね」

「ああ。王族の医師に診てもらった。問題ない。だから、道中を歩いている………風呂屋に行くから退いてくれ」

「セッテピエゲは巻いたままにしていてくれたのですね」

「………存在を忘れていた」

「そうですか。よかったです。君の仕事の邪魔にならなくて。本当に」

「………邪魔。だった」

「………そうですか。では、」

「何すんだよっ!?」


 華寿が血塗れのセッテピエゲに手を伸ばそうとしたので、美雷は慌てて後方に飛び跳ねてその手から逃れた。


「いえ。邪魔だと言うので解こうとしただけです」

「邪魔じゃないからいい」

「ですが先程君は邪魔だと言ったじゃないですか?」

「邪魔だけど邪魔じゃないんだよっ」

「………私が君に触れる事が不快でしたか?」

「はあ?」

「セッテピエゲを巻いている時に君が凄く眼を飛ばして来ていたので、よほど嫌なのかと思いましたが、ですが、言葉にしなかったので無視をしていました」

「ちがっ! ああっ! もうっ!」


 ズンズンズンズン。

 美雷は大股で歩いて華寿との距離を縮めると、セッテピエゲを解いてくれと言った。


「責任持って綺麗にするから解いてくれ」

「はあ。分かりました」


 綺麗にするという言葉をセッテピエゲを綺麗にするという意味だろうと思いつつ、やけに挙動不審だなと訝しんだ華寿。手を伸ばし、血塗れのセッテピエゲに触れては、未だ遺る血液の生々しい感触に、魔物への祈りと美雷が無事に帰ってきてくれた事への感謝を心中で述べつつ、セッテピエゲを解いては美雷に手渡したのだが。


「美雷?」

「言っただろ。責任を持って綺麗にするからってよ」

「はあ」

「セッテピエゲもおまえの手も綺麗にするから、一緒に風呂屋に行くぞ」

「風呂屋でセッテピエゲを洗濯するのは迷惑ではないですか?」

「別に迷惑じゃないだろ。身体だけじゃなくて衣服も綺麗にしてるやつらはごまんと居る」

「そうですか。それならば」

「………やっぱり止めた。おまえの仕事場。風呂が付いていたよな。そっち使わせろ」

「別に構いませんが。美雷。今日は様子がおかしいですよ。どこか具合が悪いのではないですか? 医者に診てもらいますか?」

「様子もおかしくなるっての。漸く。覚悟を決めたんだからよ」

「覚悟? ですか?」

「ああ。全部綺麗にし終えたら。だから行くぞ」

「はい」


 手首を掴んだまま前を歩く美雷の横顔を見つめながら、華寿は美雷の常よりは遅い歩幅に合わせて歩みを続けるのであった。


(風呂に入り終えたら、仕事場の休憩所で寝かせてあげましょう)

(風呂に入り終えたら………ってか。まずは風呂に無事に入り終える事だけを考えよう)











(2025.6.24)



【参考文献 : https://ritagliolibro.com/enjoy-settepieghe/

(『Ritaglio libro 世界のトラディショナルスタイルを愉しむ』)






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