先輩と後輩 / 騎士学校 / 卒業 / 異世界
一年は赤色、二年は緑色、三年は青色の単色、春と夏はリネンタイ、秋と冬はウールタイが必須の騎士学校は寄宿制であり、風呂と食堂は共同施設を利用して、一年生、二年生、三年生が一つの部屋で厳格なスケジュールの下、共に寝て共に起きて、高学年が低学年に教授し、騎士になるべく己を、そして共に過ごす先輩後輩を磨き続ける。
メンバーが変わらず繰り上げなので、最大二年間一緒に生活する事になっていた。
(言うんだっ)
ステンドグラスに囲われた教会にて厳粛な卒業式が無事に終わり、今は桜が舞い散る中庭にて和気藹々とした懇親会が行われている中。
一年生の璃音は少し離れたところから、同部屋の三年生である海斗に視線を留めていた。
今は同級生たちと一緒に話していて無理だが、必ず話しかける機会があるはずだ。見逃すな。
(言うんだっ。海斗先輩のウールタイを下さいって)
この騎士学校には、或る伝統があった。
卒業式の日、騎士になる事が決まった憧れの先輩からネクタイをもらった後輩は無事に騎士になる事ができるという。
多くの二年生や一年生はその伝統を信じて三年生に突撃しては、無事に受け取る事ができる後輩も居れば、けんもほろろに断れる後輩も居た。
(断られたら、私はどうなるんだろうっ?)
しかし、璃音が海斗のウールタイをほしがる理由は伝統ではなかった。
意気地なしにも気持ちを伝えられないならば、せめて海斗のウールタイだけでも手にしたかったのだ。
(ああ。だめだっ。口から心臓が飛び出すっ。言えないっ。やはり、諦めよう。そうしよう)
「おい。璃音」
「………海斗先輩」
心臓だけではなく魂までも口から飛び出したのではないかと危惧するほどに仰天した璃音はしかし、騎士だ騎士だと念じては騎士としての振る舞いを必死に保ち、常の鉄仮面然とした表情及び態度を海斗へと向けた。
「卒業及び騎士団入隊おめでとうございます」
「ああ。ありがとう。おまえ、ずっと突っ立ったままで何も食べてはいないのだろう? ほら。折角の御馳走がもったいない。食べなさい」
「………はい」
(胸がいっぱいで食べられないけど、海斗先輩に勧められたんだ。食べないわけにはいかないっ)
璃音は近くのテーブルの料理を手あたり次第大皿に乗せては、大口になって食べ物を招き入れると、ゆっくりゆっくりと咀嚼して食べ続けた。
「これでおまえの食べっぷりも見納めだと思うと寂しいな」
「………必ず海斗先輩に追いつきます」
「ああ。これを渡しておこう」
璃音は逸る気持ちを必死に抑えては、近くのテーブルに大皿をゆっくりと置き、震える腕を必死に制しては掌を表に向けて、海斗が差し出す青色のウールタイを受け取った。
重たい。今自分が締めている赤色のウールタイと同じ重量にもかかわらず、とても重たく感じてしまい、海斗のウールタイを手渡された事に対し強く感激しながらも、とてもとてもはしゃげそうにはなかった。
(………やはり私にこの気持ちは分不相応だった。せめて、同じ騎士になってから、この気持ちとゆっくりと向き合っていこう。それまでは封印だ)
璃音は踵を合わせては足を四十五度に開くと、四十五度のお辞儀を海斗へと捧げた。
「ありがとうございます。必ず、騎士団入隊を果たしてみせます」
「………本当に生真面目なやつだな。おまえは」
海斗は璃音の赤色のウールネクタイの結び目に指をかけると、時間をかけて結び目を解き、赤色のウールネクタイを璃音の身体から引き抜いた。
その間、璃音は微動だにする事ができず硬直していた。
「待っている」
璃音の胸に真っ直ぐに架かる青色のウールタイの上に掌を強く押し当てては、海斗は背を向けて颯爽と去って行った。
「………赤色のウールネクタイ。買わないと」
赤色のウールネクタイを引き抜く時は、じれったいほどに時間は遅く流れていたのだが、青色のウールネクタイを結ばれた時は、あっという間に時間は速く過ぎ去っていたのであった。
(2025.2.28)