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社畜が語るチーズハットグライフ④

投稿ってノリと勢いですよね! ということで本日2本目!


 『いやぁ、自分が死んだことを受け入れるだけでもやっとだというのに、おまけにソースに転生してしまったとなってはもう何が何やら……。こうして実際にチーズハットグさんの上にかかっているので信じるほかないのですが、本当に不思議な状況ですよねぇ』


 うーん、不思議というか奇妙というか。この状況を擬人化、というかお互いの中身だけを考えれば、おっさん同士が絡み合っていることになるわけだからな。まったくどこに需要があるんだよ。

 しかしうん……やっぱり纏わりつかれているのは少し気持ち悪い。ソースさんは何も悪くないからこんなことを言うのも気が引けるが、やはり知らないおっさんと無駄に触れ合いたいとは思えないのだ。なんかごめんなさいソースさん。


『まあ死んだのは私の不注意ですし、誰を責めることもできないんですけどねぇ。まだまだ人間として生きていたかったですが、まあそういう運命だったんでしょうねぇ』


 ああそうか。誰もが俺のように、人間の頃の生活に一切の未練を残さずに人生を終えたわけではないんだよな。

 俺の場合は人間だった頃がああ(・・)だったし、何より死に際にユカちゃんという天使に巡り逢えたからあまり自分が死んだことを嘆いたりはしなかったが、普通の人間はそうもいかないのだろう。ソースさんやハットグ姉さん、タピオカ姉さんのように、自分の人生や周囲の人たちに思い入れがあったのならなおさらだ。タピオカ先輩は……分からん。


『亡くなったのは、交通事故か何かで?』


『いえいえ。私の場合は仕事先の建設現場で足を踏み外しましてねぇ。そのときたまたま命綱の取り付けを失敗していまして、そのまま。いやぁほんと、お恥ずかしい限りですよ』


 なんというか、これは不運としか言いようがないな。偶然に偶然が重なって命を落としてしまったのだろう。

 いくら後悔しても過去は変えられない。そんな当たり前のことがこんなにも残酷に感じられることは、そうないだろう。


『おや、話をすれば。ちょうどあそこですよ、あの通りの奥にあるマンション。あそこで足を滑らせて死んだんです』


『いやにサラッと言いますね……』


『まぁそんなに重苦しい雰囲気で言ったところで仕方ないですからねぇ。こういうのは話のネタにするくらいが丁度いいんですよ』


 なかなかに重い話をしているはずなんだがな。まあ確かに俺も重苦しい雰囲気は苦手だから、明るく話してくれるのはありがたい。こういうところまで頭が回るのが「できる大人」というやつなのかもしれないな。ぜひ見習いたいものだ。




 『ところでチーズハットグさん、これから私たちは彼女に食べられるんでしょうか?』


 おや、ソースさん、今回が初めての転生なのか? 俺もタピオカに転生したときは自分が誰かに食べられるなんて信じられなかったからな。実際に経験してみると幸せとしか言いようがないのだが、それを知らなければ不安なのも当然だ。


『まあそうですね、転んで地面に落とす、とかが無ければ問題なく食べてもらえるんじゃないですかね? 心配しなくても痛いとか苦しいとかはありませんよ。むしろものすごく幸せな気分になります』


『ああいえ、怖いとかではないんですけどねぇ。しかしそうですか、やはり食べられますか。いやぁ、ソースとしてはそれが正しいのでしょうが……自分の娘と同じくらいの歳の女の子に食べられるとは、何とも言えない気分ですねぇ』


 へぇ、ソースさん、娘がいたのか。であれば彼はさしずめ「ソースお父さん」といったところかな。


『娘さんがいらっしゃったんですね……。あなたが亡くなって、さぞ哀しんだでしょう』


『あはは、そうだといいんですがねぇ』


『そうだといい……と言いますと、あまり関係が良くなかったんですか?』


『お恥ずかしながら、反抗期真っ只中の娘には邪険に扱われておりましてねぇ。私が死んだ当日の朝も、娘とは喧嘩をして家を出てしまったんですよ。私も言いすぎたので帰ったら謝ろうと、そう思ってたんですがねぇ』


 喧嘩してそのまま、か。ソースお父さん本人もそうだが、残された家族、特に娘の衝撃は大きかっただろう。

 喧嘩してもすれ違っても、もう一度歩み寄ることができるのが家族というものだろう。その機会が突然、永遠に失われてしまったらと思うと、正直ゾッとする。


『娘とあんな別れ方になってしまったのが、唯一の心残りです。心配なんだ、幸せになってほしいだけなんだと、ただそれだけのことを伝えるのが、どうしてこんなに難しいんでしょうかねぇ』


 俺には娘がいたことなどはないから、きっとソースお父さんの気持ちを完全に理解することはできない。だがそうだとしても、話を聞くだけでも分かる。ソースお父さんがどれだけ娘のことを大切にしていたのか。ソースお父さんがどれだけ娘のことを愛していたのか。

 やはり親の愛というのは偉大だ。全く関係のない他人の心ですら、こんなにも揺り動かしてしまうのだから。



『気持ちというのは、言葉にしなければ伝わらないものですねぇ』



『……そう……ですね』


『……? チーズハットグさん、どうかされましたか?』


『いえ、何も。大切なことですよね、言葉にするというのは』


 誰でも分かる、当たり前のこと。そんな当たり前のことに気づくことのできる人間は、ごく一部なのかもしれない。




 前回と同様に買ったものをすぐには食べようとしないユカちゃんに連れられ、俺とソースさんは通りを進んでいく。このすぐに食べられないという状況、俺としてはこうしてお喋りをする時間ができるから意外と嬉しかったりするのだが……こういう食べ物って、出来立ての方が美味しくないか? まあユカちゃんがいいならそれでいいのだが。


「ねぇユカ疲れた! ちょっと休んで行こうよー」


「はいはい、そこのベンチでいい?」


「ありがとうございますっ! ユカ様〜」


 ユカちゃんとその友達がベンチに腰掛ける。そして正面に見据えるのは──


『ここですか? 例のマンションって』


『えぇそうです。ここで間違いないですね』


 ソースお父さんが亡くなったことを知ってか知らずか、そのマンションでは多くの人が生活している。まあソースお父さんの魂はここにあるわけだし、「お化けなんて出るわけない」って今なら胸を張って言えるけどな。むしろ食べ物の中の方がよっぽどいる(・・)


『いやぁしかし、自分が死んだ場所に戻ってくるというのもなんだか変な気分ですねぇ。完成した状態を初めて見たから、というのも理由の一つかもしれませんが』


 ああそうか。ソースお父さんは建設中に亡くなってしまったから、完成した姿を見たのは初めてなわけだ。勤務先として連日通っていたとはいえ、特に懐かしい場所というわけではないのだろう。


『こうして見ると、綺麗な建物ですねぇ。こうやって自分の仕事が形に残るというのも建設業の醍醐味ですよ。ほら見てください、あそこなんて──』


 ん、不自然な言葉の切り方だな。先程まで目を向けていたであろうマンションの入り口付近に目をやると、1人の若い女性が佇んでいる。



『──美咲(みさき)……?』



 そうソースお父さんが呟いた。よほど驚いているのか、動揺が震えとしてこちらまで伝わってくる。それはもう振動を感じているこっちが心配になるくらいブルブルと……なにこれダイエット器具か何かかな? いい感じに痩せそう。

 冗談はさておき、ただ事ではない反応だ。彼女──美咲という女性が、ソースお父さんと深い関わりを持っているのは間違いないだろう。


『ええと、彼女は?』


『娘……です。間違いありません。でも、家から離れたこんなところに、どうして……』


 おっとまさかの娘さん登場。なかなか綺麗じゃないか。まあ、それでもユカちゃんには劣るが。……これ、声に出したら殺されそうだな。お口チャック。

 しかし彼女、見たところ既に社会人って感じだな。ソースお父さんが亡くなったときは高校生だったらしいから、ソースお父さんは転生までに数年の期間があったというわけだ。


「ねえお父さん、あれからもう5年だよ。ホント馬鹿だよね。なんで命綱の付け方なんて失敗しちゃうかなぁ」


 彼女はソースお父さんのことは認識できていないはずだ。であればこれは本来ならば彼女の独り言である。そう、本来ならば。

 しかしなんの偶然か今ここにはソースお父さんが居合わせている。これによって彼女の独り言が奇跡的に、ソースお父さんへのメッセージに変わる。


「お父さんっていっつも仕事仕事だったよね。だからどうせお墓じゃなくてこっちにいるんでしょ? なんなら、死んだことにも気づかずにまだ働いてたりして」


『ははっ、そんなわけないだろう。今は元気にチーズハットグのソースをやっているよ』


「それでね、私、今年就職したんだ。お父さんと同じ建設系の会社。私は現場仕事じゃないけど、お父さんと同じ、みんなの生活を作っていく仕事だよ」


『いいじゃないか。頑張ったんだな』


「それでね、私、私……あの頃のこと、ずっと謝りたくて……っ」


彼女が肩を震わせる。途切れ途切れに響く彼女の声からは、強い後悔の気持ちが伝わってくる。


「ひどいこと言って、ごめんなさい。我儘ばっかり言って、ごめんなさい。お父さんは優しいからって、きっと許してくれるからって、心のどこかで甘えてた」


『美咲……』


「お父さんは私のことを心配してくれてたんだよね。私が将来困らないようにって、ちゃんと考えてくれてたんだよね」


 嘘偽りのない本心の吐露。静かに紡がれるその言葉が、それを聞く者の心に深く響く。


「私、もう大丈夫だから。家ではあんな感じだったけど、会社では結構期待してもらってるんだよ? だから……安心してゆっくり休んでね。それと──」


 震える声。溢れる涙。しかしその表情は、誰よりも晴れやかで。



「──ありがとう、お父さん」



 誰に向けたわけでもない言葉。しかしその言葉は、確かに1人の男に届いた。

予想以上にしんみりしちゃった

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