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社畜が語るチーズハットグライフ③

 ハットグ姉さんが買われていったということは、彼女と同じタイミングで揚げられた俺もそろそろということだ。さあ、俺を買うのはいったいどこのどいつだ?


「んー長かった! 思ったよりも並んだねー」


 ほう、女子高生くらいの声だな。

 しかしこの程度で喜ぶ俺ではない。なんと言っても俺は、ユカちゃんに食べてもらうという経験を経たからな。彼女以上の魅力を持つ人などそう現れまい。

 それはそうとこの声、どこかで聞いたことがあるような……。



「ほんとに、さすが人気店だよね」



『っ!?』


 夢か? 幻聴か? いいや違う。これは現実で、確かに俺はその声を聞いた。

 なら人違いだろうか? それも違う。何故なら俺が彼女のことを間違えるはずがないのだから。

 一言も会話をしたことがない、という意味ではタピオカ姉さんよりも関わりの少ない相手だろう。しかし関係の浅さなど問題ではない。彼女の魅力の前では、あらゆることが些細な問題なのだ。

 見なくても分かる。間違いない。今店の前にいる彼女は──



『──ユカちゃん……っ!』



 理解が追いつかない。しかしあの声は、確かに彼女のものに違いない。

 そうだ思い出した。俺が最初に聞いた女子高生の声、俺の記憶が正しければ、あの声はユカちゃんの友達の声だったはずだ。


『どうなってるんだ……』


 前世(タピオカ)の頃に食べてもらった相手に転生してから再会する、なんて、そんな偶然がありえるのだろうか。実際に起こっている以上は受け入れるしかないのだが、だとしても信じ難い偶然だ。

 再会できた割にはあまり嬉しそうじゃないって? そんなことはないさ。確かに嬉しい。ユカちゃんにもう一度食べてもらえるチャンスに巡り会えるなんて、こんなに嬉しいことはない。確かに嬉しいのだが、ただ1つ気になるのが……。


『ちょっとチョイスが古くないかなぁ!?』


 タピオカといいチーズハットグといい、女子高生が選ぶにはちょっと古いような気がする。確かにどちらも流行った。流行ったが、それももう随分前の話だ。

 偏見でものを言うのもよくない気がするが、女子高生ってもっとこう……流行の最先端を追い求めるものなんじゃないのか? 女子高生からすれば1年前の流行りですらも遠い昔の話だろう。

 だがまあ確かに、ブーム後の厳しい生存競争を勝ち抜いた店なら間違いなく美味しいだろうし、あえてブームが過ぎ去ったこの時期にチーズハットグを食べるというのもアリなのかもしれない。流行っているものではなく確実に美味しいものを選んだ、ということなのかもな。




 「ごめんね、私が食べたいからってこんなに並ばせちゃって」


「もーユカってば気にしすぎ。そんなことよりほら、早く選ぼ!」


 しかしまさかこの、もうじき俺が提供されるであろうタイミングでユカちゃんが来店するとは。この展開にテンションが上がらないわけがない。

 俺と同時に揚げられたハットグは残り5本。彼女らが買うのはおそらく1本ずつだろうから、最初の抽選は5分の2っ! さあ、どうなる!?


「んーそうだなぁ。よし、私はオリジナルソースフレーバーで……ユカも同じのでいい?」


「うん。それがいいな」


「じゃあオリジナルソースを2本お願いしまーす」


「オリジナルソースフレーバーのチーズハットグを2本ですね! かしこまりました!」


 店員が一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。くっ、この数秒が長い。俺の周りだけ時間の流れがゆっくりになっているようだ。

 店員が歩みを止める。さあ、距離は十分に詰まった。店員が俺たちチーズハットグの入ったトレーに手を伸ばし──



『──っしゃぁぁぁぁ!!!!』



 見事選ばれたぞ! これは嬉しい。最高の気分だな。

 しかしまだ気は抜けない。店員の手によってたっぷりとソースをかけられた俺ともう1本のチーズハットグは、最後の戦場へと歩みを進める。

 そう、商品の受け渡しである。ここで2人のどちらの手に渡るかによって、真の勝者が決まるのだ。


「お待たせいたしましたー!」


「えーと、QRコードが……あ、ごめんユカ、私の分も受け取っておいて!」


「うん、分かった」


 ユカちゃんの友達が代金の支払いに手間取ったことによって、勝負は延長戦へともつれ込んだ。俺ともう1本のハットグはそれぞれユカちゃんの左右の手に握られ、串を通してその柔らかな肌を堪能する。


「ごめんごめんお待たせ! わぁ、美味しそ〜」


 さあ、時は満ちた。手渡されれば敗者。残れば勝者。いざ、雌雄を決する時……!



『……ぅぉおおおお!!!!』



 手渡されたのはもう1本のチーズハットグ。俺の勝利だ! 見たか! 負け犬ド底辺の人生だった俺でも、転生してから這い上がることだってできるのだ!

 何の因果かは分からないが、こうしてまたユカちゃんに食べてもらえることになるなんて。この状況を誰が想像できただろうか。それこそ運命の女神様くらいでないと──



『なんだか楽しそうですね』



『うぴょぉっ!?』


 なんっ……なんっ!? ちょっ、急に声かけるのは駄目だって! なんで今回はこうも突然声をかけてくるやつばかりなんだ。マジでチーズが飛び出るぞこれ。


『あぁすいません、驚かせてしまって』


 うおぉ、なんだこれ。どこから声がしてるんだ? 首か? 背中か? なんだか自分の体の表面から声が聞こえるな。なにこれ気持ち悪ぅ。


『あの、いったいどこにいらっしゃるんですか……?』


『あー。ここです、ここ』


 ここと言われてもなぁ。声が聞こえてくるのは俺の体──チーズハットグの表面からだし、そこにあるのなんて、それこそソースぐらい……。


『ソォースゥ!?』


 目が合ったとか、そういう表現が正しいのかは分からない。そもそも目どころか顔がどこにあるのかも分からない紛うことなき「ソース」なのだが、それでも間違いなく目が合った(・・・・・)


『あ、そうです。私ソースです。いやぁ、会話ができてよかった』


 え、うん。うん? いやおかしいだろ。さすがに。

 タピオカ同士とかチーズハットグ同士とか、同じ食べ物同士で会話ができるのはまだ分かるんだ。いやそれすらも意味は分からないが、まだ納得はできる。

 だが今回は「ソース」と「チーズハットグ」だ。全く違うものだし、そもそもソースって固形物ですらないだろ。不思議な出来事にも慣れてきたと思っていたが、これはさすがに想定外すぎる。


『あのー、大丈夫ですか?』


『え? ああはい、まあ……』


 正直なところ混乱の具合としては全然大丈夫ではないのだがな。まあいくら騒いだところでソースさんと会話できているという事実は変わらないし、もうそういうものだと受け入れるしかないのだろう。

 というか俺はずっと「タピオカ語」や「チーズハットグ語」が存在すると思い込んでいたが、どうやらそうではなかったらしい。ということは、食べ物同士であれば種類は関係なしに自由に会話ができるのか? もうここまでくると何でもありだな。

 まあせっかくまた話せる相手と出会えたんだ。細かいことは気にせず、お喋りを楽しもうじゃないか。

 え、知らないおっさんが体に纏わりついている今の状況に関して? それについてはまあ……気にしたら負けってやつだ。うん。

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