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社畜が語るタピオカライフ④


 『おおおお!!!!』


 吸い上げられていく俺の体。半透明のストローを通して見える周囲の景色が、自分の体が天国へと近づいていることを実感させる。


『あとちょっと……!』


 何かを楽しみにしている時間は長く感じるとよく言うが、今以上にそれを実感したことはない。タピオカの時間感覚も相まって永遠にも感じられる僅かな時間。しかし確かに時は進み、そして──



 プルンッ



『あふんっ』


 はーいそこ、ゴミを見るような目で見ないよー。あっ、ちょっ、通報するのはシャレにならないからやめてください。

 いや確かに、一連の自分の発言がこの上なく気持ち悪いことは理解している。警察を呼びたくなる気持ちも分かる。

 しかし想像してほしい。自分が今までに出会ったどんな女子よりも圧倒的に可愛い超絶美少女の、その唇を。触れることすら憚られるプルプル艶やかなそれに、半身を埋める幸福感を。

 ほら、俺がこんな感じになってしまうのも理解できただろう? あっ、羨ましいから通報とかはナシで。




 これほどまでに幸せを噛みしめている俺だが、実は俺の体はまだストローの中に留まっている。ユカちゃんが俺を吸い込む直前に口を閉じたため、俺は半身をふわふわの唇に埋めた後ストローの中をゆっくりと下りているのだ。

 つまり俺はタピオカとしての本懐を遂げていない。遂げていないが、それでもこの多幸感である。全く想像もつかないが、これ以上の快感が待っている、という事実にテンションが上がらないはずがない。


『おぉっ! ついに……!』


 ユカちゃんが再びミルクティーを吸い始める。俺はまだストローの中に留まっており、俺よりも上にタピオカは居ない。であれば俺を待つ運命はただ一つ。


 ミルクティーが俺の脇を流れ、その流れが俺の体を押し上げる。


 目の前に迫るユカちゃんの唇が、俺を受け入れるべく開かれる。


 加速するミルクティーの流れに乗った俺は、そのままストローを抜け──



 チュポッ



『おっふ』



 おっふ。語彙が全て吹き飛んだ。おそらく今俺の頭の中には「チュポッ」と「おっふ」しか存在していないのだろう。でも分かってくれ、仕方ない、仕方ないんだ。

 ぷにぷにの唇に体を埋めるのではなく、今度は適度に圧迫されながらチュポッっと隙間を通り抜ける。この瞬間といったら、まるで雲の中にいるような、女神様に抱擁されているような、そんな温もりと優しさに包まれるのだ。


 ペロッ


『ふあぁあぁぁ』


 はい、語彙力消失案件パート2。えっ、何だこれ、最高すぎないか?

 普通なら口に入ればクニュっと噛まれて終わりだろう。そう、本来ならば。だがしかし、なんとユカちゃんは「タピオカをすぐに噛まない派」の人間だったのだ。

 どのくらいの割合の人が当てはまるのかは知らないが、タピオカの絶妙なぷにモチ食感を口の中で楽しむ人も少なくない。ユカちゃんがそのタイプだったなんて、こんな最高な展開があっていいのか?


 トゥルンッ


『おふぁっ』


 舌が俺の半身を愛撫する。くそっ、オーバーキルがすぎるだろっ……! とっくに俺の頭も限界だ。もうまともな思考なんてできやしないぞ。

 適度にねっとりとした唾液に包まれて口の中を転がる。柔らかな内頬、しなやかな舌に全身を包まれる心地よさと、時折ぶつかる歯による絶妙な刺激。

 ただ気持ちいいだけじゃない。途中でアクセントが挟まるからこそ、飽きのこないクセになる空間になっている。ああ……もうずっと口の中でコロコロされていたい。




 『ひゃうっ……!』


 ん、この艶っぽい声はもしや……タピオカ姉さんか? どうやら俺と一緒に吸い込まれたらしい。

 しかし本当に色気が凄いな。タピオカミルクティーを飲む、というただそれだけのことなのに、色っぽいお姉さんが絡むとこんなにも官能的になるものなのか。


『んっ、はうぅ』


 うんうん、順調に語彙力が吹き飛んでいるみたいだな。これぞ正しいタピオカの反応だ。

 さあ、これで分かってもらえただろう。俺が奇声を発してしまうのは普通のことで、決して気持ち悪がるようなことではないのだ。

 というかそんなことは置いといて、なんだかタピオカ姉さんに向ける視線が優しくないか? さっき俺を見ていたときのゴミを見るような目はどうしたんだ。同じタピオカなのにこんなに扱いに差があるとは。うーん、許せぬ。



『ふぁぁぁぁんっ!!!!』



 いや、えっr……なんでもないです。

 この声には聞き覚えがある。タピオカ先輩が吸い込まれていったときに出していた、タピ生を終えるときのあの声だろう。

 しかしまあなんというか、タピオカ先輩とタピオカ姉さん、確かに同じ声を出してるはずなんだが……先輩のものは気持ち悪かったが、姉さんのものは色っぽさが勝ってるんだよな。というかシンプルにエロいわ。うん。

 同じ声を出しているのにこうも聞こえ方が違うと、さすがにタピオカ先輩に同情したくなる。かくいう俺も同情される側のタピオカなんだろうが。






 「えーと、確かこの辺りだったよね。この横断歩道だったっけ?」


「うん、ここだよ。間違えるわけないもん」


『むきゅうっ』


 おっと失礼。純真無垢な少女たちの会話に奇声を挟むつもりはなかったんだが、内頬の奥に収納されて締めつけられたゾクゾク感で思わず声が漏れてしまった。

 さて、俺が透視できるのはミルクティーだけだから口の中に含まれている限り外の景色を見ることはできないが、ユカちゃんたちの会話を聞く限りここはおそらくあの場所だろう。


『まさか、また戻ってくることになるとはな』


 あの日からどのくらいの時間が経っているのかは分からない。しかし俺にとってはつい最近の出来事で、たとえ月日が経ったとしても色褪せることのない記憶だ。

 むせかえるような暑さ。ユカちゃんとの出会い。そして、俺の人生の幕引き。

 この場所──俺が死んだ横断歩道は、俺の人生を語る上で欠かすことのできない場所だろう。


「あれからもう2年かー。あのときユカ、しばらく塞ぎ込んでたよね。『私のせいで』って」


「もう、その話はいいでしょ。相場さんの分までしっかり生きるんだって、そう決めたんだから」


 うーん、さすがユカちゃん、模範解答だ。むしろ余計な責任を感じさせてしまったことが申し訳なくなるくらいだな。


「そういえばユカ、覚えてる? ホントにびっくりしたよね。相場さんのお葬式のとき」


 俺の葬式のときの話だと? 当然ながら自分の葬式の様子など知るはずもないが……2年経っても彼女らの記憶に残っているような出来事なんて、いったい──



 クニュッ



『ふぁうんっ!!!!』



 その瞬間は突然訪れる。たとえ望むものがすぐ目の前に転がっていたとしても、それを手に入れることを待ってはくれない。

 気まぐれに俺を捉えた犬歯。今までにない快感と幸福感とともに、俺のタピオカとしての命は幕を閉じた。






 [よし、こんなとこかな。じゃあこれで──あれ?]




 [……あー、これってもしかして、やっちゃった?]




 [あっ、いやでも、これならもしかすると……いけたりする? うーん、ちょっと大変そうだけど……。でもこうする以外に選択肢もないもんね]






 [じゃあ、次は──]

タピオカではなくなりますが、本作品はまだまだ続きます!

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